スーパーマーケットのレジ係は、長時間の反復動作と固定姿勢により筋骨格系障害(MSDs: Musculoskeletal Disorders)のリスクが高い職業です。サウジアラビアの研究チームが193名のレジ係を対象に実施した大規模調査では、90%が過去12か月間にMSDを経験し、立ち仕事を好むレジ係は座り仕事の同僚に比べ約9倍のMSD発症リスクを抱えていることが明らかになりました。本記事では、この研究のデータをもとに、レジ係のMSDリスク要因と予防策を詳しく解説します。

この記事でわかること

  • レジ係193名のMSD発生率と主な症状部位
  • 立ち仕事がMSD発症リスクを9倍にする理由
  • 労働時間・姿勢・トレーニングなど主要リスク要因の影響度
  • エビデンスに基づく予防策と職場改善の方向性

研究の背景|なぜレジ係のMSDリスクは高いのか

レジ係の業務は、同じ姿勢の長時間維持上肢の反復動作(スキャン・金銭授受)不自然な姿勢でのリーチ動作という3つのリスク要因が複合的に作用します。国際労働機関(ILO)のデータによると、小売業の労働者は他業種と比較してMSDの報告率が高く、特にレジ係は首・腰・上肢の症状が多いとされています。

しかし、MSDの発生率と各リスク要因の定量的な影響度を明らかにした大規模研究は限られていました。本研究は、193名という比較的大きなサンプルサイズで、オッズ比(リスクの倍率)を算出した点に意義があります。

研究の概要

研究の目的

スーパーマーケットのレジ係におけるMSDの発生率・障害レベルと、それに関連する要因を定量的に明らかにすること。

対象と方法

サウジアラビアのスーパーマーケットで働くレジ係193名を対象に、以下の評価を実施しました。

  • Nordic Musculoskeletal Questionnaire(NMQ): 過去12か月間の身体部位別MSD発生率の調査
  • DASH(上肢障害)、LEFS(下肢機能)、NDI(首障害)、ODI(腰部障害): 障害レベルの定量評価
  • 多変量ロジスティック回帰分析: 各リスク要因のオッズ比(影響度)の算出

主な研究結果

90%が過去12か月間にMSDを経験

調査の結果、過去12か月間に少なくとも1か所のMSDを経験したレジ係は90%に達しました。部位別の発生率は以下のとおりです。

部位過去12か月の発生率
66.8%
65.8%
55.4%
手首40.4%

首と腰がほぼ同率でトップを占め、レジ係の業務が頸椎と腰椎に集中的な負荷をかけていることが裏付けられました。

立ち仕事を好むレジ係のMSD発症リスクは座り仕事の「9倍」

本研究の最も注目すべき結果は、多変量ロジスティック回帰分析によって明らかになったリスク要因ごとのオッズ比です。

リスク要因オッズ比(倍率)
立ち仕事を好む約9倍
カート内の物品を不自然な姿勢で取る約11倍
MSD予防トレーニング未受講約5.5倍
運動習慣なし約5.5倍
週の勤務日数が多い約4倍(1日増加ごと)
従業員50人未満の小規模店舗約3倍
利き手が右手約6倍

立ち仕事を好むレジ係のオッズ比が約9倍という結果は、立位作業そのものが独立したMSDリスク要因であることを強く示唆しています。長時間の立位は下肢への静水圧増大、脊柱起立筋の持続的な緊張、足底への慢性的な荷重を引き起こし、MSD発症の土台をつくると考えられます。

不自然な姿勢のリスクは最大「11倍」

買い物カート内の物品を取る際に不自然な姿勢をとるレジ係のMSDリスクは、適切な姿勢をとる同僚の約11倍に達しました。これは、体幹のねじれや深い前傾動作が腰椎への急性的な負荷を生み、MSD発症の直接的な引き金になることを示しています。

トレーニングと運動習慣の保護効果

一方で、MSD予防のエルゴノミクストレーニングを受けたレジ係や、週4回以上の運動習慣があるレジ係はMSDリスクが大幅に低いことも確認されました。これは、適切な教育と運動習慣がMSDに対する「防御因子」として機能することを意味しています。

この研究からわかること|実務への示唆

企業が取り組むべき対策

  1. 座位作業の導入: 高さ調節可能なスツールや椅子をレジに配置し、レジ係が自由に姿勢を切り替えられる環境を整備する
  2. カート取り扱いの動線改善: カートの位置やスキャナーの配置を最適化し、深い前傾やねじれ動作を排除する
  3. エルゴノミクストレーニングの実施: 正しい姿勢や物品の持ち上げ方、ストレッチ方法などの定期的な教育を行う
  4. 適切な休憩制度: 1時間ごとの短時間休憩を制度化し、筋肉の回復時間を確保する

個人レベルの対策

  • 運動習慣の確立: 週4回以上の適度な運動(ウォーキング、ストレッチ、筋力トレーニング)がMSDリスクを大幅に低減
  • 作業中のセルフケア: 手首の回旋ストレッチ、肩甲骨周りのストレッチを休憩ごとに実施
  • 異常の早期申告: 痛みや違和感を感じた段階で上長や産業医に相談する

研究の限界と今後の展望

本研究の対象はサウジアラビアのスーパーマーケットに限定されており、労働環境や文化的背景が異なる日本の現場に直接一般化することには慎重さが求められます。また、横断研究であるため、リスク要因とMSD発症の因果関係を断定することはできません。

ただし、立位姿勢・不自然な動作・運動不足がMSDリスクを増大させるというメカニズムは普遍的なものであり、日本のレジ環境にも十分に応用可能な知見です。今後は、座位導入やカウンター改善の介入前後でMSD発生率の変化を追跡する縦断研究が期待されます。

まとめ

193名のレジ係を対象とした本研究により、90%がMSDを経験し、立ち仕事を好むレジ係は座り仕事の約9倍のMSDリスクを抱えていることが明らかになりました。不自然な姿勢でのカート取り扱い(約11倍)、トレーニング未受講(約5.5倍)、運動不足(約5.5倍)も重大なリスク要因です。座位作業の導入、動線改善、教育、運動支援という多層的な対策が、レジ係のMSD予防に不可欠です。

参考文献

  1. Alessa, F.M. et al., "Level of Disability and Associated Factors with Musculoskeletal Disorders among Supermarket Cashiers", Healthcare, 11(16), 2335, 2023. DOI: 10.3390/healthcare11162335
  2. Eurostat, "Self-reported work-related health problems and risk factors — Key statistics / EU Labour Force Survey (EU-LFS)". https://ec.europa.eu/eurostat/statistics-explained/index.php?title=Self-reported_work-related_health_problems_and_risk_factors_-_key_statistics
  3. ILO, "Ergonomic Checkpoints: Practical and Easy-to-Implement Solutions for Improving Safety, Health and Working Conditions," 2nd edition, Geneva: International Labour Office, 2010. ISBN: 978-92-2-122666-6. https://www.ilo.org/publications/ergonomic-checkpoints-practical-and-easy-implement-solutions-improving