航空整備士の筋骨格系障害(MSDs)は、航空業界の安全と生産性に直結する深刻な健康課題です。航空機の整備作業は、狭い空間での前屈み姿勢や反復的な動作を伴い、身体への負担が大きい業務として知られています。

マレーシア王立空軍(RMAF)の軍用機整備士 40 名を対象とした Ramlee ら(2025)の研究では、肩と膝が 90%、腰部 77.5%、首 70% という極めて高い WMSD(Work-Related Musculoskeletal Disorders)有病率が報告されました。本記事ではこの研究を取り上げ、航空整備の現場における身体的負担の実態と、人間工学的な予防策を整理します。

この記事でわかること

  • Ramlee ら(2025)の RMAF 40 名調査の概要と使用された評価手法(CMDQ + QEC)
  • 過去 12 ヶ月の部位別 WMSD 有病率(肩・膝 90%、腰 77.5%、首 70%)
  • QEC による人間工学リスク評価の結果(エンジンベイは即時改善が必要)
  • WMSD の主なリスク要因と予防策
  • 航空整備に限らず、類似の作業環境を持つ現場への示唆

航空整備士の健康問題が注目される背景

航空機の整備作業は、安全運航を支える不可欠な業務です。しかし、整備士の作業環境は人間工学的に多くの課題を抱えています。機体の下に潜り込んでの作業、頭上に手を伸ばしての点検、狭い機内スペースでの長時間作業など、不自然な姿勢を長時間維持しなければならない場面が日常的に発生します。

こうした作業環境が整備士の身体に与える影響は、航空業界全体の安全性にも関わります。筋骨格系の不調を抱えた整備士は、集中力の低下やミスの増加につながる可能性があり、整備品質の維持という観点からも見過ごせない問題です。

それにもかかわらず、航空整備士の WMSD に関する疫学的な研究は限られてきました。製造業や医療分野と比較して、航空整備の現場における筋骨格系障害の実態を定量的に明らかにした研究は多くありません。マレーシアの Department of Occupational Safety and Health(DOSH)も、MSD が他の職業病と比較して報告件数が最も多く、年々増加していると報告しています(Ramlee et al., 2025 より)。

研究の概要

文献

  • Ramlee, S.N.S. ら(2025). "Prevalence of Work-Related Musculoskeletal Disorders (WMSDs) and Ergonomic Risk Assessment Among Military Aircraft Maintenance Personnel." Advances in Public Health, 2025, Article ID: 9304266. DOI: 10.1155/adph/9304266. Wiley Online Library.

研究の目的

軍用機整備士における WMSD の有病率を明らかにし、あわせて人間工学的リスクを定量評価することを目的としています。特定の作業エリアや姿勢が整備士の身体にどの程度の負担をかけているかを、客観的な評価指標で把握することを目指しました。

対象と方法

  • 研究デザイン:記述的横断研究(descriptive cross-sectional study)
  • 対象:マレーシア王立空軍(RMAF)工学部門の軍用機整備士 40 名(母集団 45 名から Krejcie & Morgan(1970)の標本サイズ表に基づき無作為抽出、全員男性)
  • 評価手法(重要)
    • Cornell Musculoskeletal Discomfort Questionnaire(CMDQ) — 自己記入式アンケート。身体部位別の WMSD・不快感・痛みを過去 12 ヶ月・直近 1 週間で評価
    • Quick Exposure Check(QEC) — 作業姿勢・動作の人間工学的リスクを現場観察で評価(レッド/オレンジ/イエロー/グリーンの段階判定)
  • データ:質問票による自己申告と、訓練を受けた評価者による QEC 評価を組み合わせた

:航空整備・軍事分野の WMSD 研究では北欧式質問票(Standardized Nordic Musculoskeletal Questionnaire, Kuorinka et al. 1987) が用いられることも多いですが、Ramlee ら 2025 が採用したのは Cornell 版(CMDQ)です。質問項目の粒度・評価スケールに違いがあるため、他の研究結果との直接比較には注意が必要です。

主な研究結果

過去 12 ヶ月の部位別 WMSD 有病率

Abstract で明示されている主要部位の有病率は以下のとおりです(Ramlee et al., 2025)。

身体部位発生率(過去 12 ヶ月)人数(40 名中)
90%36 名
90%36 名
腰部77.5%31 名
70%28 名
※人数は有病率 × 40 名からの計算値です(論文 Abstract は割合のみ報告)。

肩と膝が 90% で最多、腰部 77.5%、首 70% という結果は、軍用機整備士のほぼ全員が複数部位で筋骨格系の不調を経験していることを示します。他業種の横断調査(例:中国自動車製造業 26 論文メタ分析で WMSD 全身 53.1%)と比較しても、航空整備・特に軍用機整備の負担は突出しています。

QEC による人間工学リスク評価

QEC 評価では、作業エリアのリスク判定が以下のとおり報告されています。

  • エンジンベイ(engine bay):即時変更が必要(レッド 72%
  • 他 5 作業エリア:迅速な変更が必要(オレンジ 51〜70%

エンジンベイでのリスクが突出して高いのは、機体下での前屈み姿勢・頭上作業・狭隘空間での姿勢拘束が複合的に作用しているためと考えられます。軍用機整備士の肩・膝 90% という異例の有病率は、この姿勢拘束の強さと整合的です。

リスク要因の考察

Ramlee ら 2025 では、軍用機整備士のうち肩・手首・背中(静的姿勢)・首の領域で顕著な負傷リスクが示されています。主な要因として以下が挙げられます。

  • 前屈み姿勢・頭上作業:機体構造に合わせて身体を適応させる必要
  • 反復動作:ボルト締め、工具操作などの繰り返し
  • 重量物取扱い:部品・工具の持ち上げ・運搬
  • 累積的ばく露:勤続年数に比例して負担が蓄積

この研究からわかること・実務への示唆

エルゴノミクスに基づく職場改善の必要性

肩・膝 90%、腰 77.5% という発生率は、これが個人の体力や体調の問題ではなく、作業環境そのものに起因する構造的な問題であることを強く示唆しています。人間工学的介入が労災削減に効果的であることは、システマティックレビューでも確認されています

航空整備の現場においても、以下のようなエルゴノミクス的アプローチが求められます。

具体的な予防策

Ramlee ら 2025 の結論は「適切で効果的な人間工学的介入(日常的な身体運動など)が WMSD の深刻な影響から整備士を守るために設計されるべき」としています。これを踏まえて一般に推奨される対策は以下のとおりです。

  • 補助機器の導入:機体下での作業を支援するクリーパー(寝板)、頭上作業用の作業台や昇降プラットフォームなど、不自然な姿勢を軽減する機器の活用
  • ストレッチ・体操プログラム:作業前後のストレッチを制度として導入し、筋肉の柔軟性を維持する。特に肩・膝・腰のストレッチが重要
  • ワークシフトの改善:同一姿勢での長時間作業を避けるため、作業ローテーションや適切な休憩時間の確保を行う
  • 定期的な健康診断:筋骨格系に特化した健康チェックを定期的に実施し、早期発見・早期対応につなげる
  • 安全衛生教育の強化:正しい作業姿勢や持ち上げ動作の教育を通じて、整備士自身がリスクを認識し、セルフケアできる体制を構築する
  • エンジンベイの作業設計見直し:QEC でレッド判定されたエリアについては、作業台の高さ調整・補助工具の配置・姿勢拘束時間の短縮など、優先的な設計変更が必要

他の業種への応用

本研究の知見は、航空整備に限らず、類似の作業環境を持つ幅広い業種に応用可能です。狭い空間での作業、前屈み姿勢、反復動作、頭上作業といったリスク要因は、自動車整備、造船業、建設業など多くの業種に共通しています。職場のストレスと筋骨格系障害には密接な関連があることも踏まえ、身体的負担と心理的負担の両面からのアプローチが効果的です。

研究の限界と今後の展望

本研究にはいくつかの限界があります。

  1. 対象が 40 名と小規模:RMAF の単一組織(工学部門、全員男性)を対象としており、結果を航空整備士全体に一般化するには注意が必要
  2. 横断的研究:ある一時点の調査であり、作業環境と WMSD の因果関係を直接証明するものではない。長期的な追跡調査(縦断的研究)が必要
  3. 軍用機整備に特化:民間航空の整備士とは作業内容や環境が異なる可能性があり、民間航空における同様の調査も求められる
  4. 質問票と QEC の特性:CMDQ は自己申告、QEC は評価者の観察に依存するため、客観的な筋電図や姿勢計測との組み合わせ検証が望ましい

今後は、具体的な予防介入(エルゴノミクス機器の導入、ストレッチプログラムなど)の効果を検証する介入研究が期待されます。どの対策がどの程度 WMSD の発生率を低下させるのかを科学的に明らかにすることで、より効果的な職場改善が可能になるでしょう。

まとめ

Ramlee ら 2025 の RMAF 40 名調査は、軍用機整備士における WMSD 有病率が肩・膝 90%、腰 77.5%、首 70% と極めて高く、QEC 評価でもエンジンベイを中心に即時の人間工学的改善が必要であることを明らかにしました。個人の問題ではなく作業環境に起因する構造的な課題であり、補助機器の導入、ストレッチプログラム、ワークシフトの改善、QEC レッド判定エリアの設計見直しなど、組織的な予防策の導入が急務と言えます。

参考文献

  1. Ramlee, S.N.S. et al. "Prevalence of Work-Related Musculoskeletal Disorders (WMSDs) and Ergonomic Risk Assessment Among Military Aircraft Maintenance Personnel," Advances in Public Health, Vol. 2025, Article ID: 9304266, 2025. DOI: 10.1155/adph/9304266. URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1155/adph/9304266
  2. 厚生労働省.「職場における腰痛予防対策指針」. 2013 年 6 月改訂. URL: https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000034et4.html
  3. Kuorinka, I., Jonsson, B., Kilbom, A., Vinterberg, H., Biering-Sorensen, F., Andersson, G., Jorgensen, K. "Standardised Nordic questionnaires for the analysis of musculoskeletal symptoms," Applied Ergonomics, 18(3), 233-237, 1987. DOI: 10.1016/0003-6870(87)90010-X.(注:Ramlee ら 2025 は本質問票ではなく CMDQ を使用。参考比較のために掲載)