物流業界では、商品のピッキングや荷役作業といった肉体労働が今なお不可欠な要素となっています。しかし、長時間の立ち仕事、前傾姿勢での重量物の取り扱い、不適切な作業環境は、作業者の健康に深刻な影響を与えます。特に、腰痛や筋骨格系障害(MSDs: Musculoskeletal Disorders)は、物流従業員の労働能力を奪う大きな問題です。

本記事では、研究論文「Logistics Work, Ergonomics and Social Sustainability」を基に、物流業務における筋骨格系の負担を科学的に評価する手法と、その測定結果について解説します。CUELAやOWASといった測定システムを用いて、どの作業が最も腰に負担をかけているのかを可視化した研究成果を紹介します。

この記事でわかること

  • 物流倉庫の作業で特にリスクが高い筋骨格系への負担要因
  • CUELAシステムによるリアルタイム姿勢測定の仕組み
  • OWASによる作業姿勢の分類とリスク評価の方法
  • 作業別の腰椎圧縮力データが示す具体的なリスク水準

物流業界における筋骨格系への負担とは?

物流業務において特に問題視されるのが、腰椎(L4/L5、L5/S1)にかかる負担です。倉庫作業では、荷物の持ち運びや積み下ろしの際に前傾姿勢やねじり動作を伴うことが多く、これが腰痛や椎間板ヘルニアの原因となります。

物流業務で見られる代表的なリスク要因

作業内容負担要因健康リスク
ピッキング作業腰の前傾、重量物の持ち運び、反復動作腰痛、椎間板ヘルニア
フォークリフト運転長時間の座位、急なねじり動作腰部の過剰な負荷、坐骨神経痛
パレット積み下ろし低い位置での重量物の持ち上げ膝・腰への高負荷、疲労骨折

出典:Logistics Work, Ergonomics and Social Sustainability: Empirical Musculoskeletal System Strain Assessment in Retail Intralogistics

こうしたリスク要因は、個々の作業者の体力や経験だけでなく、作業環境の設計そのものに起因する構造的な問題であることが研究で明らかになっています。

作業負担の可視化:CUELAとOWASの測定システム

物流業務における身体的負担を科学的に評価するため、この研究ではCUELAOWASという2つの測定システムが活用されています。

CUELAシステム:リアルタイムの姿勢測定と負担分析

CUELA(Computer-Based Measurement and Long-Term Analysis of Stresses upon the Musculoskeletal System)は、ドイツの労働安全衛生研究機関によって開発された、作業者の姿勢や動作をリアルタイムで測定する装置です。

主な特長は以下のとおりです。

  • 圧力センサー付きインソールを使用し、作業中の動作(座る、立つ、歩くなど)を細かく記録
  • 50Hzのサンプリングレートで動作を捉え、ダイナミックな動きを正確に分析
  • 腰椎や関節への負担を数値化し、どの作業姿勢がリスクを高めるかを特定

CUELAの最大の利点は、作業者が実際の業務を行いながらデータを取得できる点にあります。ラボ環境ではなく、現場のリアルな負荷を可視化できることが、現実的な改善策を導く上で重要な意味を持ちます。

OWASシステム:作業姿勢の分類とリスク評価

OWAS(Ovako Working Posture Analysis System)は、フィンランドで開発された作業姿勢評価手法で、特に反復作業における姿勢のリスク評価に適しています。

  • 作業中の姿勢を4つのカテゴリに分類(背中、腕、脚、負荷重量)
  • 姿勢ごとのリスクレベルを定量化し、改善が必要な作業を特定
  • 作業ごとのOWASコードを作成し、身体負担が特に大きい作業をリストアップ

OWAS分析で明らかになった作業別の姿勢負担

研究では、OWASを用いて4つの物流作業における作業姿勢の割合が分析されました。

指標A. 飲料ピッキングB. フォークリフト運転C. 果物ピッキングD. パレット積み下ろし
前傾姿勢の割合16.1%1.8%8.9%4.9%
ねじり動作の割合8.5%6.0%6.2%2.8%
座位の割合0.2%99.6%0.0%76.1%
移動の割合22.9%0.0%58.6%13.0%

出典:Logistics Work, Ergonomics and Social Sustainability

特に注目すべきは、飲料ピッキング(A)では前傾姿勢が16.1%、ねじり動作が8.5%と、4つの作業の中で最も高い値を示している点です。飲料は重量があるため、前傾しながらの持ち上げ動作が腰椎に大きな負担をかけます。

一方、フォークリフト運転(B)は99.6%が座位であり、長時間の座り作業による腰椎への負担が別の形で課題となっています。果物ピッキング(C)は移動の割合が58.6%と高く、歩行と作業を繰り返す中での疲労蓄積が問題です。

研究の対象:ドイツのリテール倉庫での実証実験

本研究は、ドイツの大手食品リテール企業の倉庫で働く60人の作業者を対象に実施されました。調査対象の倉庫は冷蔵エリアと常温エリアに分かれており、それぞれの環境でのピッキング作業やフォークリフト運転の負担が測定されています。

調査項目対象データ
倉庫作業者数60人
1日あたりのピッキング回数約10万回
計測対象の作業ピッキング、フォークリフト運転、パレット積み下ろし
測定期間1週間

1日あたり約10万回のピッキングが行われる大規模倉庫において、作業者一人ひとりの負担が積み重なることの影響は計り知れません。

腰椎圧縮力データが示す具体的なリスク水準

研究で得られたデータによると、腰椎の圧縮力は最大4.9kNに達し、これは40歳以上の作業者にとって危険なレベルであることが明らかになりました。

作業内容平均圧縮力(kN)最大圧縮力(kN)
飲料ピッキング1.84.9
果物ピッキング1.53.0
フォークリフト運転0.82.5
パレット積み下ろし2.03.6

出典:Logistics Work, Ergonomics and Social Sustainability

NIOSH(米国国立労働安全衛生研究所)が定める腰椎圧縮力の推奨上限値は3.4kNとされています。飲料ピッキングの最大値4.9kNはこの基準を大きく上回っており、長時間作業を続けることで慢性的な腰痛のリスクが高まることがデータから読み取れます。

まとめ:物流作業の負担を科学的に評価する意義

本研究の前半では、物流業務における作業負担の実態を明らかにし、CUELAとOWASを活用した測定手法の有効性を示しました。

重要なポイントは以下の3点です。

  • 飲料ピッキングとパレット積み下ろしが腰椎に最も大きな負担をかけている
  • 前傾姿勢やねじり動作の頻度が作業ごとに大きく異なり、対策の優先順位付けが可能になる
  • 腰椎圧縮力が最大4.9kNに達し、NIOSHの推奨上限値を超えるケースがある

こうした科学的データは、「なんとなく腰が痛い」という主観的な訴えを、客観的なエビデンスに基づく改善提案に変換するための基盤となります。後編では、この測定結果を踏まえた具体的なエルゴノミクス的改善策について詳しく解説します。

よくある質問

Q: CUELAシステムは日本の物流倉庫でも使えますか?

A: CUELAはドイツで開発された研究用機器であり、市販品として広く入手できるものではありません。ただし、日本でも同様の原理に基づく姿勢測定ツール(加速度センサーやモーションキャプチャ)が利用可能です。産業保健分野では、OWASのような簡易評価手法と組み合わせて活用するケースが増えています。

Q: OWASは誰でも実施できますか?

A: OWASは比較的シンプルな観察手法であり、訓練を受ければ現場の安全衛生担当者でも実施可能です。作業者の姿勢を一定間隔で観察・記録し、4カテゴリ(背中・腕・脚・負荷重量)で分類するだけで、リスクレベルを判定できます。ただし、正確な評価のためには、評価者間の判定基準のすり合わせが重要です。

Q: 腰椎圧縮力4.9kNはどの程度危険なのですか?

A: NIOSHが定める腰椎圧縮力の推奨上限値は3.4kNです。4.9kNはこの基準を約44%上回る値であり、特に加齢により椎間板の耐久性が低下する40歳以上の作業者にとっては、腰痛や椎間板障害のリスクが著しく高まる水準です。

参考文献

  1. Loske D, Klumpp M, "Logistics Work, Ergonomics and Social Sustainability: Empirical Musculoskeletal System Strain Assessment in Retail Intralogistics," Logistics (MDPI), 5(4):89, 2021. DOI: 10.3390/logistics5040089
  2. 厚生労働省,「職場における腰痛予防対策指針」, 2013年改訂. https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000034et4-att/2r98520000034pjn_1.pdf
  3. Waters TR, Putz-Anderson V, Garg A, "Applications Manual for the Revised NIOSH Lifting Equation," DHHS (NIOSH) Publication No. 94-110, 1994. DOI: 10.26616/NIOSHPUB94110revised092021. https://www.cdc.gov/niosh/docs/94-110/default.html
  4. Karhu O, Kansi P, Kuorinka I, "Correcting working postures in industry: A practical method for analysis," Applied Ergonomics, 8(4), 199-201, 1977. DOI: 10.1016/0003-6870(77)90164-8

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