要約
過労死とは、業務における過重な負荷による脳・心臓疾患を原因とする死亡、または業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡を指します。過労死等防止対策推進法(2014年)に法的定義があり、労働者災害補償保険法に基づく労災認定の対象となります。事業者には労働契約法第5条の安全配慮義務として、長時間労働の是正やメンタルヘルス対策を講じる責任があります。
定義
「この法律において『過労死等』とは、業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう。」
— 出典: 過労死等防止対策推進法 第2条(e-Gov)
「過労死」という用語は1980年代に日本で生まれ、現在では「Karoshi」として国際的にも認知される労働問題用語となっています。
背景・なぜ重要か
日本において過労死問題が社会的に認識されたのは1980年代のことで、1988年には弁護士・医師らによる「過労死110番」が開設されました。1990年代以降、長時間労働を原因とする脳・心臓疾患の労災認定例が相次ぎ、社会問題化しました。
2000年代以降は精神障害による労災認定が急増し、特に2015年の電通新入社員過労自殺事件をきっかけに、長時間労働と労働者の生命・健康の関係に社会的関心が集まりました。
法整備としては:
- 2014年:過労死等防止対策推進法 施行
- 2015年:ストレスチェック制度 施行(労働安全衛生法第66条の10)
- 2018年:働き方改革関連法 成立(時間外労働の罰則付き上限規制)
- 2021年:脳・心臓疾患の労災認定基準 改正
- 2023年:心理的負荷による精神障害の認定基準 改正(カスハラ等追加)
厚生労働省「過労死等の労災補償状況」によれば、脳・心臓疾患および精神障害の労災請求件数は年々高水準で推移しており、過労死防止は依然として重要な労働安全衛生課題です。
関連する法令・規格・制度
- 過労死等防止対策推進法(平成26年法律第100号):理念法としての過労死防止枠組み
- 労働者災害補償保険法:労災認定の根拠法
- 脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準(基発0914第1号、令和3年改正)
- 心理的負荷による精神障害の認定基準(基発0901第2号、令和5年改正)
- 労働基準法 第36条:時間外労働の上限規制(働き方改革関連法による改正)
- 労働契約法 第5条:安全配慮義務
- 労働安全衛生法 第66条の8〜の10:医師面接指導・ストレスチェック制度
過労死ラインと労災認定
脳・心臓疾患の労災認定では、業務上の過重負荷を以下の3類型で評価します:
- 異常な出来事:発症直前から前日までの間に異常な出来事に遭遇
- 短期間の過重業務:発症前おおむね1週間に特に過重な業務に就労
- 長期間の過重業務:発症前おおむね6ヶ月間に著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労
「長期間の過重業務」の判断では、発症前1ヶ月に100時間または2〜6ヶ月の平均で月80時間を超える時間外労働が業務と発症との関連性が強い水準(「過労死ライン」)とされています。2021年改正では、これに該当しない場合でも勤務時間の不規則性、出張、心理的負荷等の労働時間以外の負荷要因を総合評価する仕組みが強化されました。
実務でのポイント
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労働時間の適正把握 2017年の労働時間適正把握ガイドラインに基づき、客観的記録(タイムカード・PC使用記録等)による把握が原則です。
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時間外労働の上限規制遵守 働き方改革関連法により、原則月45時間・年360時間、特別条項付きでも単月100時間未満・複数月平均80時間以下の上限規制が罰則付きで定められています。
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医師面接指導の実施 月80時間超の時間外労働を行い疲労蓄積が認められる労働者から申出があった場合、医師面接指導を実施する義務があります(労働安全衛生法第66条の8)。
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長時間労働者への産業医情報提供 月80時間超の労働者情報を産業医に提供する義務があります(2019年改正)。
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勤務間インターバル制度 2019年改正労働時間等設定改善法により努力義務化された、終業から次の始業まで一定時間(11時間が目安)の休息を確保する制度です。
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ストレスチェックの活用と職場環境改善 ストレスチェック制度を形式的実施に終わらせず、集団分析・職場環境改善に活用することが過労死防止に直結します。
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管理監督者の長時間労働是正 管理職は「労働時間規制対象外」となるケースが多いですが、健康管理の観点からは時間管理が必要です。
よくある誤解・落とし穴
- 誤解1: 「過労死は本人の自己管理の問題」 — 業務上の負荷が原因と認定されれば事業者責任です。
- 誤解2: 「月80時間以下なら安全」 — 過労死ラインは目安であり、不規則勤務、深夜勤務、心理的負荷等の他要因も総合評価されます。
- 誤解3: 「管理職には労働時間規制が適用されない」 — 労基法上の管理監督者でも、安全配慮義務の対象であり、健康管理は必須です。
- 誤解4: 「過労死は脳・心臓疾患のみ」 — 精神障害による自殺も過労死等に含まれます。
- 誤解5: 「働き方改革で過労死は減った」 — 労災請求件数は依然高水準で、業種によってはむしろ増加傾向です。
参考文献
- 厚生労働省「過労死等防止対策」
- e-Gov 法令検索「過労死等防止対策推進法」
- 厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準(令和3年改正)」
- 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準(令和5年改正)」
- 厚生労働省「過労死等防止対策白書」(年次報告)