現代のオフィスワーク環境では、長時間の座位が健康に及ぼす影響が世界的に懸念されています。WHO(世界保健機関)は身体的不活動を世界の死因の第4位に挙げており、デスクワーカーの1日の平均座位時間は8〜10時間に達するとされています。こうした課題に対し、オーストラリアのクイーンズランド大学が開発した無料プログラム「BeUpstanding」が注目を集めています。本記事では、BeUpstandingの仕組みと導入効果、日本の職場への示唆を解説します。
この記事でわかること
- BeUpstandingプログラムの概要と開発背景
- データ駆動型アプローチの特徴と導入プロセス
- 25,000人以上の利用者から得られたエビデンス
- 日本のデスクワーク環境への応用可能性
- 「座りすぎ」と「立ちすぎ」の両方に配慮したバランスの重要性
BeUpstandingプログラムの背景
「座りすぎ」が世界的な健康リスクに
長時間の座位行動(Sedentary Behavior)が健康に与える影響は、近年の研究で急速に明らかになっています。オーストラリアのBaker Heart and Diabetes Instituteの研究によると、1日8時間以上座り続ける人は、そうでない人と比較して心血管疾患リスクが約15%、2型糖尿病リスクが約112%増加すると報告されています(Dunstan et al., 2012)。
オーストラリアは「座りすぎ」研究の先進国であり、世界に先駆けて座位行動の健康影響に関するガイドラインを策定してきました。BeUpstandingプログラムは、こうした研究の蓄積を職場の実践に橋渡しする取り組みとして2017年に開始されました。
クイーンズランド大学の取り組み
BeUpstandingはクイーンズランド大学の研究チーム(Dr. Genevieve Healyらが中心)が開発した、エビデンスに基づく無料の職場健康プログラムです。学術研究の知見を実用的なツールに変換し、企業が自社で導入・運用できる形にした点が特徴です。
BeUpstandingプログラムの内容
プログラムの特徴
BeUpstandingは単なる啓発キャンペーンではなく、以下の4つの特徴を持つ体系的な職場介入プログラムです。
1. データ駆動型アプローチ
従業員の健康状態、幸福度、活動量、座位時間に対する態度を調査によって測定し、時間経過に伴う変化を数値で把握できます。測定結果は経営陣やスタッフへのレポートとして出力可能で、取り組みの効果を客観的に示すことができます。
2. チーム単位での参加
個人ではなく職場のチーム全体で参加する設計になっています。これにより、職場文化そのものを変えることを目指しており、個人の意志力に頼らない持続可能な行動変容を促します。
3. ステップバイステップの導入ガイド
シンプルなダッシュボードを通じてプログラムの進行がガイドされ、ポスター、動画、メールテンプレート、スタッフ調査などの無料リソースが提供されます。専門知識がなくても導入できる設計です。
4. 柔軟なスケール対応
小規模な単一チームから、複数部門・複数拠点を持つ大規模組織まで対応可能です。
導入のプロセス
BeUpstandingの導入は以下のステップで進みます。
- チャンピオン(推進役)の選定: 各チームから1名、プログラムの推進担当者を選びます
- ベースライン調査: 従業員の現在の座位時間・活動レベル・健康意識を測定します
- 戦略の実施: ダッシュボードのガイドに沿って、座位時間削減の具体策を導入します(例:スタンディングミーティング、定期的な立ち上がりリマインダー等)
- フォローアップ調査: 一定期間後に再調査を実施し、変化を測定・報告します
BeUpstandingのエビデンスと導入効果
利用実績
BeUpstandingは開始以来、25,000人以上の労働者に利用されており、多くの職場で以下の改善が報告されています。
- スタッフの幸福度(wellbeing)の向上
- エネルギーレベルの上昇
- チーム内の健康意識の高まり
- 座位時間の具体的な削減
科学的エビデンス
BeUpstandingの効果は複数の査読付き論文で検証されています。Healy et al.(2016)の研究では、クラスターランダム化比較試験によってプログラムの有効性が示されており、介入群では1日あたりの職場座位時間が約45分削減されたことが報告されています。
また、座位時間の削減だけでなく、筋骨格系の不快感の軽減や仕事の生産性に対する主観的評価の改善も確認されています。
日本の職場への示唆
「座りすぎ」と「立ちすぎ」のバランス
BeUpstandingはデスクワーカーの「座りすぎ」を問題としていますが、このメディアが扱う「立ち仕事」の現場では逆に「立ちすぎ」が課題となります。重要なのは、座位と立位のいずれかに偏ることなく、姿勢を定期的に変化させることです。
EU-OSHA(欧州労働安全衛生機関)が推奨する「30:60:10ルール」(30分座る:60分立つ:10分動く、を1サイクルとする)のように、姿勢のバリエーションを持たせることが科学的に推奨されています。
日本企業への導入可能性
BeUpstandingのような体系的なプログラムは日本ではまだ普及していませんが、以下の点で導入の可能性があります。
- 健康経営との親和性: 経済産業省が推進する「健康経営」の取り組みの一環として、座位時間管理を組み込むことが可能です
- ストレスチェックとの連携: メンタルヘルス対策と身体活動促進を統合的に進めるアプローチとして有効です
- 働き方改革の延長線上: テレワーク環境での座りすぎ対策として、在宅勤務者にも適用可能です
立ち仕事の現場への応用
BeUpstandingの考え方を立ち仕事の現場に応用すると、以下のような取り組みが考えられます。
- マイクロブレイク(短時間休憩)の体系化: 2時間ごとに5分間の座位休憩を組み込む
- 姿勢変化のリマインダー: 立ちっぱなしの時間を可視化し、意識的に姿勢を変えるきっかけを作る
- データに基づく改善: 従業員の疲労度や身体症状を定期的に測定し、介入の効果を検証する
まとめ
オーストラリア発のBeUpstandingプログラムは、「座りすぎ」という現代の職場課題に対し、エビデンスに基づく体系的なアプローチで成果を上げています。25,000人以上の利用実績と科学的な効果検証に裏打ちされたこのプログラムは、無料で利用でき、組織の規模を問わず導入可能です。
日本の職場においても、デスクワーカーの座りすぎ対策として、また立ち仕事の現場における姿勢管理の参考モデルとして、BeUpstandingの考え方は多くの示唆を与えてくれます。重要なのは、「座りすぎ」も「立ちすぎ」もリスクであるという認識のもと、定期的な姿勢変化を職場文化として定着させることです。
よくある質問
Q: BeUpstandingは日本語で利用できますか?
A: 現時点ではBeUpstandingの公式サイトおよびツールは英語のみで提供されています。ただし、プログラムの考え方や導入プロセスは日本の職場にも応用可能であり、類似のアプローチを日本語で構築することは十分可能です。
Q: 立ち仕事の人にもBeUpstandingは関係ありますか?
A: BeUpstandingはデスクワーカー向けのプログラムですが、「姿勢の固定が健康リスクになる」という基本原則は立ち仕事にも共通します。立ちっぱなしの人には「座る時間を確保する」、座りっぱなしの人には「立つ時間を確保する」という、表裏一体の課題です。
参考文献
- BeUpstanding Program, The University of Queensland, https://www.beupstanding.com.au/
- Healy, G.N., Eakin, E.G., Owen, N., LaMontagne, A.D., et al., "A Cluster Randomized Controlled Trial to Reduce Office Workers' Sitting Time: Effect on Activity Outcomes", Medicine & Science in Sports & Exercise, 48(9), pp.1787-1797, 2016. DOI: 10.1249/MSS.0000000000000972 / PMID: 27526175
- Dunstan, D.W., Howard, B., Healy, G.N., Owen, N., "Too Much Sitting – A Health Hazard", Diabetes Research and Clinical Practice, 97(3), pp.368-376, 2012. DOI: 10.1016/j.diabres.2012.05.020 / PMID: 22682948
- EU-OSHA, "Static postures and MSDs: how prolonged sitting or standing at work can affect workers' health", 2021. https://osha.europa.eu/en/highlights/static-postures-and-msds-how-prolonged-sitting-or-standing-work-can-affect-workers
- WHO, "WHO Guidelines on Physical Activity and Sedentary Behaviour", 2020. https://www.who.int/publications/i/item/9789240015128
- 経済産業省, 「健康経営」政策ページ. https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_keiei.html