カスハラ対策として企業が取るべき対応をご存知ですか? 2026年10月に施行される改正労働施策総合推進法により、カスタマーハラスメント(カスハラ)に対する雇用管理上の措置が企業の義務となります。小売・飲食・医療・介護など、立ち仕事の現場では顧客と直接接する機会が多く、カスハラ被害のリスクが特に高いといえます。「何から手をつければいいのか分からない」「相談窓口を設けたいが運用方法が見えない」――そんな実務担当者の方に向けて、本記事では企業が講ずべき措置の全体像と具体的な進め方を解説します。
この記事でわかること
- 2026年10月施行のカスハラ措置義務の概要と企業への影響
- 企業が講ずべき3本柱(方針の明確化・相談体制の整備・事後対応)の具体的な進め方
- 相談窓口の設置・運用のポイントと匿名性の確保方法
- 事後対応フローの設計(事実確認から再発防止まで)
- 対応が難しいケースの判断基準とBtoBカスハラへの対処法
カスハラ対策が企業の義務に――2026年10月施行の改正法の要点
カスタマーハラスメントとは何か
厚生労働省の定義によると、カスタマーハラスメントとは「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」を指します(厚生労働省, 2022)。具体的には、暴言・威嚇・長時間の拘束・過度な要求・土下座の強要・SNSでの誹謗中傷などが該当します。
改正労働施策総合推進法の概要
2025年に成立した改正労働施策総合推進法では、事業主にカスハラに対する雇用管理上の措置を講ずることが義務づけられました(2026年10月施行)。これは、既にパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントで義務化されている措置と同様の枠組みです。
措置義務の主な内容は以下の3本柱で構成されます。
| 措置の柱 | 主な内容 |
|---|---|
| ①方針の明確化と周知・啓発 | カスハラを許容しない企業方針の策定・周知、対応マニュアルの整備 |
| ②相談体制の整備 | 相談窓口の設置、相談員の選任と教育、プライバシー保護 |
| ③事後の迅速・適切な対応 | 事実確認、被害者のケア、加害顧客への対応、再発防止策 |
違反した場合は行政指導の対象となり、企業名が公表される可能性もあるため、施行前の早期対応が求められます。
立ち仕事の現場が抱える特有のリスク
小売のレジ業務、飲食店のホール、病院の受付・看護、介護施設、美容院など、立ち仕事の現場は顧客との対面接触が長時間にわたることが多く、カスハラ被害を受けやすい環境にあります。UAゼンセンの調査(2024)によれば、接客業務に従事する組合員の約46.8%がカスハラ被害を経験しており、被害者の約76.4%がストレスを感じたと回答しています。
第1の柱:方針の明確化と周知・啓発
トップメッセージの発信
カスハラ対策の出発点は、経営トップが「従業員を守る」という姿勢を明確に示すことです。社内外に向けた宣言文やポリシーステートメントを公表することで、従業員の安心感と組織全体の対応意識が高まります。
トップメッセージに盛り込むべき要素は以下のとおりです。
- カスハラは許容しないという企業としての明確な立場
- 従業員の安全と尊厳を最優先に考えるという姿勢
- カスハラ行為に対しては毅然とした対応を取る方針
- 顧客に対しても適切な利用を求める姿勢
対応マニュアルの整備
マニュアルは現場担当者が迷わず行動できることを目的に、以下の要素を含めて策定します。
- カスハラの定義と具体例: どの行為がカスハラに該当するかを明示する(暴言、威嚇、長時間拘束、過度な要求、身体的暴力、SNSでの誹謗中傷 等)
- 対応の段階的エスカレーション: 初期対応→上司への引き継ぎ→管理者判断→退去要請・警察通報の各段階を明記する
- 対応時の禁止事項: 一人で抱え込まない、その場で個人的な謝罪をしない、約束をしない 等
- 記録の取り方: 日時・場所・相手の言動・対応内容を記録するフォーマットを用意する
就業規則・服務規程への記載
就業規則にカスハラ対応に関する規定を盛り込むことで、法的な裏付けを持った対応が可能になります。具体的には、カスハラ被害時の対応義務(報告義務)、被害者保護措置、相談窓口の利用に関する不利益取扱いの禁止などを明記します。
第2の柱:相談体制の整備
相談窓口の設置
相談窓口は、従業員がカスハラ被害を安心して報告できる場でなければなりません。厚生労働省のガイドライン(2022)では、パワハラ・セクハラの相談窓口と一体的に運用することも推奨されています。
窓口設置のポイントは以下のとおりです。
- 複数のチャネルを用意する: 対面・電話・メール・Webフォームなど、報告手段を複数確保する
- 匿名での相談を可能にする: 匿名性の確保は相談のハードルを下げる重要な要素である
- 相談窓口の周知を徹底する: 休憩室や更衣室へのポスター掲示、社内イントラネットでの案内、入社時研修での説明
相談員の選任と教育
相談員には以下のスキルと姿勢が求められます。
- 傾聴力: まず被害者の話を丁寧に聞き、共感を示す
- 守秘義務の徹底: 相談内容を本人の同意なく第三者に開示しない
- 二次被害の防止: 「あなたにも落ち度があったのでは」等の発言を絶対にしない
- 記録と報告のスキル: 事実関係を正確に記録し、適切な部署に報告する手順を理解している
外部のEAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)や弁護士との連携体制を構築しておくことも有効です。
第3の柱:事後の迅速・適切な対応
事後対応フローの全体像
カスハラ事案が発生した場合、以下の流れに沿って対応を進めます。
ステップ1:事実確認
被害者・目撃者からのヒアリングと客観的記録(防犯カメラ映像、通話録音等)をもとに事実関係を確認します。迅速かつ公正な事実確認が、その後の対応の質を左右します。
ステップ2:被害者のケア
被害者の心身の状態を確認し、必要に応じて以下の措置を講じます。
- 配置転換や担当変更(被害者の希望を尊重)
- 産業医やカウンセラーによるメンタルヘルスケア
- 特別休暇の付与
- 上司・同僚からのフォロー体制の構築
ステップ3:加害顧客への対応
事実が確認された場合、企業として毅然とした対応を取ります。
- 書面または口頭での注意・警告
- サービス提供の一時停止または取引の打ち切り
- 悪質な場合は警察への通報・法的措置の検討
ステップ4:記録の保管と分析
対応の経緯を記録として保管し、定期的に分析します。記録すべき項目は以下のとおりです。
- 発生日時・場所・状況
- カスハラ行為の具体的内容
- 対応経緯と結果
- 被害者の状態とフォロー内容
蓄積されたデータを分析することで、発生しやすい時間帯・場所・状況のパターンを把握し、予防策に活かすことができます。
ステップ5:再発防止策の実施
分析結果を踏まえ、マニュアルの改訂・研修内容の見直し・物理的な環境改善(カウンターの高さ変更、防犯カメラの増設等)を行います。
従業員への教育・研修の進め方
カスハラ対策を実効性のあるものにするには、全従業員を対象とした定期的な研修が不可欠です。
研修に含めるべき内容
| 対象 | 研修内容 |
|---|---|
| 全従業員 | カスハラの定義と具体例、初期対応の手順、相談窓口の利用方法 |
| 管理職 | エスカレーション対応、被害者ケアの方法、記録と報告の手順 |
| 相談員 | 傾聴スキル、守秘義務、二次被害防止、法的知識の基礎 |
研修の実施方法
- ロールプレイング: 実際のカスハラ場面を想定した対応訓練。頭で理解するだけでなく、体で覚えることが重要
- eラーニング: 全従業員が受講しやすい環境を整備。繰り返し学習が可能
- 事例共有: 社内で発生した事案(個人が特定されない形で匿名化)を教材として活用する
厚生労働省が公開している「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(2022)や、関連する研修用動画も活用できます。
対応が難しいケースの判断基準
正当なクレームとカスハラの線引き
すべてのクレームがカスハラに該当するわけではありません。判断に迷う場合は、以下の2つの視点で整理します。
- 要求内容の妥当性: 商品やサービスに瑕疵がある場合の返品・交換要求など、内容自体に合理性があるか
- 手段・態様の相当性: 要求を伝える方法が、社会通念上許容される範囲に収まっているか
要求内容に妥当性があっても、手段が暴言や威嚇であればカスハラに該当する可能性があります。逆に、穏当な態度であっても到底応じられない過大な要求はカスハラと判断されることがあります。
グレーゾーンへの対処
明確にカスハラと断定できないケースでは、組織として判断する仕組みが重要です。現場担当者に判断を委ねるのではなく、管理職や人事部門、場合によっては弁護士に相談して組織的に判断する体制を構築しておきましょう。