日本の夏は年々「危険な暑さ」と呼ばれるレベルに達しています。2024年には、職場での熱中症による死傷者数が過去最多の1,257人に達し、死亡者数も3年連続で30名を超えました。こうした深刻な状況を受けて、2025年6月1日から労働安全衛生規則が改正され、企業にはより厳格な熱中症対策が義務付けられました。
本記事では、改正規則の具体的な内容と企業が取るべき対応について解説します(2026年4月時点の情報に基づく)。
この記事でわかること
- 2025年6月施行の労働安全衛生規則改正の全体像
- 対象となる作業条件と適用範囲
- 企業に義務付けられる具体的な措置の内容
- 違反した場合の罰則と行政対応
法改正の背景
熱中症被害の深刻化
厚生労働省のデータが示す通り、職場における熱中症の被害は年々深刻化しています。
- 2024年の死傷者数: 1,257人(過去最多、前年比13.6%増)
- 2024年の死亡者数: 31人(前年の22人から大幅増)
- 主要な被災業種: 製造業235人、建設業228人(2業種で全体の約4割)
特に注目すべきは、従来の「努力義務」に基づく対策では被害の増加に歯止めがかからなかったという事実です。
既存の「努力義務」の限界
これまで厚労省は、通達やガイドラインで熱中症対策を「推奨」してきましたが、法的拘束力がないため、実施率にはばらつきがありました。特に中小企業では、WBGT測定器の未導入、休憩場所の未整備、安全衛生教育の不実施などが散見されていました。
改正規則の具体的な内容
対象となる作業条件
以下のいずれかに該当する作業環境が規制の対象となります。
- WBGT値(暑さ指数)28℃以上
- 気温31℃以上
これらの条件は、屋内・屋外を問わず適用されます。
事業者に求められる措置
1. 暑熱環境の把握
- 作業場所のWBGT値または気温を定期的に測定し、記録する
- 測定結果を作業者に周知する(掲示板、デジタルサイネージ等)
2. 作業環境の改善
- 日よけ・遮光設備の設置(屋外作業の場合)
- 送風機・ミストファン等による冷却(屋内作業の場合)
- 作業場所の近くに冷房付き休憩場所を確保
3. 作業管理の徹底
- WBGT値に応じた作業時間・休憩時間の管理
- 連続作業時間の制限
- 高温時間帯を避けた作業スケジュールの調整
4. 健康管理と教育
- 作業者の健康状態の事前確認(体調チェック)
- 熱中症に関する安全衛生教育の実施
- 緊急時の応急処置手順の策定と周知
- 暑熱順化措置の実施(新規配属者等)
5. 水分・塩分の提供
- 十分な量の飲料水の備え付け
- 塩分補給のための飲料・食品(経口補水液、塩飴等)の提供
- 自由に摂取できる環境の整備
特に注意が必要な作業環境
以下のような作業環境では、熱中症リスクが特に高く、より徹底した対策が求められます。
- 屋外での日中作業: 建設現場、道路工事、配送業務
- 空調設備が不十分な屋内: 工場、倉庫、厨房
- 高温機器の近傍: ボイラー、炉、溶接設備の周辺
- 防護具着用が必要な環境: 化学防護服、保護具による体温放散の阻害
違反した場合の罰則
行政罰
- 労働安全衛生法第119条に基づき、6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金
- 労働基準監督署による是正勧告・改善命令
労災認定と損害賠償
熱中症が業務上の疾病として労災認定された場合、以下のリスクがあります。
- 労災保険給付に加え、安全配慮義務違反として民事損害賠償請求
- 過去の裁判例では、数千万円の賠償が命じられたケースも
- WBGT値の測定を行っていなかったこと自体が、過失の根拠として認定された事例あり
社会的影響
- 企業名の公表(重大な違反の場合)
- 取引先・顧客からの信頼低下
- 採用・人材確保への悪影響
実務対応のポイント
まず取り組むべき3つのステップ
- WBGT測定体制の構築: JIS適合のWBGT測定器を導入し、作業場所に設置
- 対応ルールの策定: WBGT値の段階に応じた休憩・作業変更・中止の基準を文書化
- 教育・訓練の実施: 全作業者を対象とした熱中症予防の安全衛生教育を実施
中長期的な取り組み
- 作業環境の構造的改善(遮熱塗装、局所冷房の導入等)
- IoTセンサーによるリアルタイムモニタリングシステムの構築
- 暑熱順化プログラムの制度化
- 年度ごとのPDCAサイクルによる継続改善
関連する法令・制度
- 労働安全衛生法: 事業者の総括的な安全配慮義務を規定
- 労働契約法第5条: 使用者の安全配慮義務を民事上の義務として規定
- 職場における熱中症予防基本対策要綱: 改正規則を補完する詳細な予防対策指針
まとめ
2025年6月施行の労働安全衛生規則改正により、職場の熱中症対策は「努力義務」から「法的義務」へと格上げされました。WBGT値28℃以上または気温31℃以上の環境では、暑熱環境の測定・管理、作業環境の改善、健康管理と教育、水分・塩分の提供といった措置が法的に義務付けられています。未対応の事業場は、罰則リスクと安全配慮義務の観点から、速やかに体制整備に着手することが求められます。
よくある質問
Q: この改正はいつから施行されていますか?
A: 2025年6月1日から施行されています。すでに適用が開始されているため、未対応の事業場は速やかに対応が必要です。
Q: 従業員が少ない中小企業も対象ですか?
A: 企業の規模に関わらず、WBGT値28℃以上または気温31℃以上の環境で労働者を従事させる事業場が対象です。
Q: WBGT値と気温のどちらを基準にすればよいですか?
A: 厚労省はWBGT値による管理を推奨しています。WBGT値は気温に加えて湿度と輻射熱も考慮するため、より正確なリスク評価が可能です。
参考文献
- 厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令」(令和7年厚生労働省令第57号, 2025年4月15日公布, 2025年6月1日施行). https://jsite.mhlw.go.jp/kagoshima-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/anzen_eisei/nettyusyou/2025-0418-7.html
- 厚生労働省「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」(2025年5月30日公表). https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_58389.html
- 厚生労働省「職場における熱中症予防基本対策要綱」(令和3年4月20日基発0420第3号, 2021年改正). https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18668.html
- 労働安全衛生法(昭和47年法律第57号). e-Gov 法令検索: https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000057