介護 労働安全衛生の課題が、2026年の法改正によって大きく変わろうとしています。移乗介助や入浴介助で腰を痛め、利用者やその家族からの暴言に心をすり減らし、慢性的な人手不足のなかでストレスを抱える――介護現場で働くあなたも、こうした問題を身近に感じていませんか? 厚生労働省の調査では、介護従事者の約6割が腰痛を経験し、約7割がハラスメント被害を受けたと報告されています。さらに、介護事業所の多くは従業員50人未満の小規模事業場であり、これまでストレスチェックが努力義務にとどまっていました。

2025年5月に成立した改正労働安全衛生法は、ストレスチェックの全事業場義務化、カスタマーハラスメント防止の義務化、高年齢労働者への安全配慮の努力義務化という3つの柱を打ち出しました。本記事では、介護業界が直面する「腰痛予防」「メンタルヘルス」「カスハラ対策」の3大課題を、2026年の法改正の動向と絡めて網羅的に解説します。

この記事でわかること

  • 介護現場で腰痛が多発する構造的な原因とノーリフトケアの考え方
  • 立ち仕事・中腰作業が多い介護職の身体負担とその軽減策
  • 50人未満の事業場が大半を占める介護業界のストレスチェック対応
  • 利用者・家族からのカスハラの実態と2026年の防止義務化への備え
  • 3つの課題を統合的にマネジメントする職場改善の進め方

介護現場の労働安全衛生|なぜ今、3つの課題が注目されるのか

介護業界の労働災害の現状

介護業界は、全産業のなかでも労働災害の発生率が高い業種の一つです。厚生労働省「労働者死傷病報告」によると、社会福祉施設における労働災害(休業4日以上)の件数は年々増加傾向にあり、2023年には約1万2,000件に達しました(厚生労働省, 2024)。なかでも「動作の反動・無理な動作」(腰痛等)と「転倒」が上位を占めており、身体的負荷の大きさが数字に表れています。

こうした背景に加え、介護職員の離職理由として「身体的負担」「精神的負担」「職場の人間関係」が上位に挙がっていることからも、労働安全衛生の改善が人材確保と定着に直結する課題であることがわかります。

2026年安衛法改正が介護業界に与える影響

2025年5月に成立した改正労働安全衛生法は、介護業界に対して特に大きなインパクトを持っています。その理由は、介護事業所の構造にあります。

  • 小規模事業場の割合が高い: 介護保険サービス事業所の多くは従業員50人未満であり、ストレスチェックの義務化拡大の影響を最も大きく受ける業界の一つです
  • 対人サービス業である: 利用者・家族と密接に関わるため、カスハラ防止義務化の対象として真っ先に対応が求められます
  • 高齢労働者が多い: 介護職員の高齢化も進んでおり、高年齢労働者の安全配慮も無視できません

つまり、今回の法改正における主要な改正項目のすべてが、介護業界に直撃するのです。

第1の柱:介護職の腰痛予防とノーリフトケア

介護職に腰痛が多い理由

介護職の腰痛は、単なる「力仕事だから」という理由では説明しきれません。作業姿勢、反復動作、心理的ストレスが複合的に作用して発生します。

厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」(2013年改訂)では、介護作業を腰痛リスクの高い業務として明確に位置づけています。主な要因は以下のとおりです。

  • 移乗介助: ベッドから車いす、車いすからトイレへの移乗は、利用者の体重を支えながら中腰で行うため、腰椎に大きな負荷がかかります
  • 入浴介助: 湿度の高い浴室での前傾姿勢や、浴槽への移動介助は、滑りやすい環境での腰部負荷を伴います
  • 排泄介助: おむつ交換では長時間の前傾姿勢が避けられず、1日に何度も繰り返されます
  • 体位変換: 床ずれ防止のための体位変換は夜勤帯にも行われ、疲労が蓄積した状態での作業になりがちです

複数のシステマティックレビュー・メタ分析では、看護・介護職員の腰痛有症率は他の職種と比較して高い水準(多くの研究で過半数前後)にあることが一貫して報告されています。

立ち仕事としての介護|下肢への負担も深刻

介護職は「腰痛の仕事」というイメージが強い一方で、長時間の立位作業による下肢への負担も見過ごせません。食事の配膳・見守り、フロアでの歩行介助、レクリエーションの補助など、1日の大半を立った状態で過ごします。

Watersらの研究(2007)によると、介護施設の職員は1シフトあたり平均で6〜8時間を立位または歩行で過ごしており、下肢の疲労、足底痛、静脈瘤のリスクが高まることが示されています。夜勤シフトでは仮眠時間を除いてほぼ立ちっぱなしの場合もあり、身体的疲労は腰痛リスクをさらに高める悪循環を生みます。

ノーリフトケアの推進

ノーリフトケアとは、「人力で持ち上げない介護」を意味する考え方です。オーストラリアで1990年代から普及し、日本でも近年、導入が進んでいます。日本ノーリフト協会によると、ノーリフトケアの基本原則は以下のとおりです。

  • リフト・スライディングボード等の福祉用具を活用して、人力での移乗を避ける
  • スライディングシートを使った体位変換で、持ち上げる動作をなくす
  • 高さ調整機能付きベッド・浴槽を導入し、中腰作業を減らす

厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」でも、「原則として人力による人の抱え上げは行わせない」ことが推奨されています。ノーリフトケアを導入した施設では、腰痛による休職率が大幅に低下したとの報告もあり(日本ノーリフト協会, 2023)、費用対効果の高い対策として注目されています。

第2の柱:介護職のメンタルヘルスとストレスチェック対応

介護職のメンタルヘルスの現状

介護職のメンタルヘルス不調は、業界全体で深刻な問題となっています。公益財団法人介護労働安定センターの「介護労働実態調査」(2024年度)によると、介護職員の約6割が仕事に関する不安・悩み・ストレスを抱えていると回答しています。

主なストレス要因としては、以下が挙げられます。

  • 人手不足による業務過多: 1人あたりの担当利用者数が多く、休憩が十分に取れない
  • 感情労働の負担: 認知症ケアや看取りなど、感情的に消耗する業務が日常的に発生する
  • 身体的疲労との相互作用: 腰痛や下肢の疲労が精神的な余裕を奪い、ストレス耐性を低下させる
  • 夜勤・不規則勤務: 睡眠リズムの乱れがメンタルヘルスに悪影響を及ぼす
  • 利用者・家族からのハラスメント: 後述するカスハラが大きなストレス源となっている

看護・介護職員のバーンアウト(燃え尽き症候群)は、対人援助職の中でも特に高い水準にあることが多くの研究で報告されており、患者ケアの質や職員の離職にも影響することが知られています。

50人未満が多い介護業界のストレスチェック対応

介護業界のストレスチェック対応を考えるうえで最大のポイントは、事業所の規模です。訪問介護事業所、デイサービス、グループホームなど、介護保険サービス事業所の多くは従業員50人未満の小規模事業場に該当します。

これまでストレスチェックが努力義務にとどまっていたこれらの事業所も、改正法の施行後は実施義務を負うことになります。しかし、以下のような課題が立ちはだかります。

  • 産業医がいない: 50人未満の事業場には産業医の選任義務がなく、高ストレス者への面接指導を担当する医師の確保が困難
  • 実施事務従事者の確保: 人事権を持たない職員を実施事務従事者に充てる必要があるが、少人数の事業所では人選が限られる
  • プライバシーの確保: 小規模な職場では回答内容から個人が特定されやすく、労働者が正直に回答しにくい
  • 費用負担: 外部委託する場合の費用が経営を圧迫する可能性がある

こうした課題に対しては、複数の事業所が共同で実施する方法や、外部のストレスチェック実施機関への委託産業保健総合支援センターの無料相談の活用などが有効な対策となります。

第3の柱:介護現場のカスハラ対策と防止義務化

介護現場のカスハラの実態

介護現場におけるカスタマーハラスメント(カスハラ)は、利用者本人からの行為と、利用者の家族からの行為に大別されます。厚生労働省の「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究報告書」(2019年)によると、介護従事者の約4割〜7割がハラスメントを経験しています。

利用者本人からの主なハラスメント

  • 身体的暴力: 叩く、つねる、引っかく、唾を吐くなど。特に移乗介助や入浴介助の場面で多発
  • 精神的暴力: 怒鳴る、罵倒する、人格を否定する言葉を浴びせる
  • セクシュアルハラスメント: 身体を触る、卑猥な言葉をかける

利用者の家族からの主なハラスメント

  • 過度な要求: ケアプランの範囲外のサービスを強要する
  • 威圧的言動: 「介護のプロなんだからちゃんとやれ」「訴えてやる」等の発言
  • 長時間の拘束: 夜間・休日に繰り返し連絡する、面会時に長時間にわたり苦情を述べる

ここで注意すべきは、認知症の行動・心理症状(BPSD)に起因する行為の扱いです。厚生労働省のハラスメント対策マニュアルでは、認知症に起因する行為であっても職員の安全確保のための対策は同様に必要であるという立場を示しています。

2026年カスハラ防止義務化への対応

2026年10月に施行予定の改正労働施策総合推進法により、カスタマーハラスメント防止措置が全事業主に義務化されます。介護事業所が講じるべき措置は、主に以下のとおりです。

  • 方針の明確化と周知: カスハラを許容しないという事業所の方針を策定し、職員・利用者・家族に周知する
  • 相談窓口の設置: 職員がハラスメント被害を報告・相談できる体制を整備する
  • 対応マニュアルの整備: カスハラ発生時の対応手順(記録、上司への報告、複数人での対応等)を定める
  • 被害者への配慮措置: メンタルヘルスケア、配置転換、担当変更等の措置を講じる
  • 研修の実施: 管理者・職員向けのカスハラ対応研修を定期的に行う

介護業界では、「利用者のためだから仕方がない」という意識がハラスメント対策を遅らせてきた側面があります。法改正を契機に、「職員を守ることは、質の高いケアを守ることである」という発想への転換が求められています。

3つの課題を統合的にマネジメントする|職場改善チェックリスト

腰痛予防、メンタルヘルス、カスハラ対策は、それぞれ独立した課題ではありません。腰痛がストレスを増幅し、カスハラが腰痛の回復を遅らせ、メンタルヘルス不調が離職を招くという悪循環が、介護現場では現実に起きています。以下のチェックリストは、3つの課題を統合的にマネジメントするための出発点です。

腰痛予防

  • ノーリフトケアの方針を事業所として明文化している
  • リフト、スライディングボード等の福祉用具を導入している
  • 新規採用者に対してボディメカニクスの研修を実施している
  • 高さ調整機能付きのベッド・浴槽を使用している
  • 腰痛が発生した際の報告・対応フローが整備されている

メンタルヘルス

  • ストレスチェックの実施体制(実施者・実施事務従事者)を整備している
  • 高ストレス者の面接指導を担当する医師を確保している(または確保の見込みがある)
  • 管理者がラインケア(部下のメンタルヘルスへの気づきと対応)の研修を受講している
  • 夜勤シフトの負担軽減策(夜勤回数の上限設定、仮眠時間の確保等)を講じている
  • 外部の相談窓口(EAP等)を導入または産業保健総合支援センターを活用している

カスハラ対策

  • カスハラに関する事業所の方針を策定し、職員に周知している
  • 利用者・家族に対してハラスメント禁止の方針を説明している(重要事項説明書への記載等)
  • カスハラ発生時の対応マニュアル(記録様式を含む)を整備している
  • 相談窓口を設置し、職員が利用しやすい体制にしている
  • 認知症のBPSDに起因する行為と、意図的なハラスメントの対応手順を区別している

まとめ

介護業界の労働安全衛生は、腰痛予防、メンタルヘルス、カスハラ対策という3つの柱で構成される複合的な課題です。2026年の改正労働安全衛生法および改正労働施策総合推進法の施行により、これまで「努力義務」や「推奨」にとどまっていた対策が法的義務へと格上げされます。

特に、50人未満の事業場が大半を占める介護業界にとって、ストレスチェックの義務化は実務面での大きな変化をもたらします。同時に、カスハラ防止義務化は、「利用者のために我慢する」という業界の文化そのものに変革を迫る契機となるでしょう。

重要なのは、これら3つの課題を個別に対処するのではなく、統合的にマネジメントする視点です。ノーリフトケアの導入が腰痛を減らし、腰痛の軽減がストレスを和らげ、カスハラ対策が職場の心理的安全性を高める――この好循環を実現することが、介護人材の確保と定着、ひいては介護サービスの質の向上につながります。

法改正の施行まで残された時間を活用し、まずは上記のチェックリストで自施設の現状を確認することから始めてみてはいかがでしょうか。

よくある質問

Q: 介護職の腰痛は労災として認定されますか?

A: 介護職の腰痛は、一定の条件を満たせば労災として認定されます。厚生労働省の「腰痛の労災認定基準」(2023年改訂)では、業務上の負傷に起因する腰痛(災害性腰痛)と、業務の蓄積により発症した腰痛(非災害性腰痛)の2類型が定められています。移乗介助中のぎっくり腰は災害性腰痛として認定されやすい一方、慢性的な腰痛は因果関係の立証が求められるため、日頃からの記録が重要です。

Q: 50人未満の介護事業所がストレスチェックを外部委託する場合、費用はどのくらいかかりますか?

A: 外部委託の費用は、1人あたり数百円〜3,000円程度が一般的です(実施機関やサービス内容により異なります)。厚生労働省の「ストレスチェック実施促進のための助成金」や産業保健総合支援センターの無料支援サービスも活用できるため、費用負担を軽減する方法を検討することが推奨されます。改正法の施行に合わせて、新たな支援制度が設けられる可能性もあるため、最新情報の確認が重要です。

Q: 認知症の利用者からの暴力もカスハラに該当しますか?

A: 認知症のBPSD(行動・心理症状)に起因する暴力行為は、一般的にはカスハラとは区別されます。ただし、厚生労働省の「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」では、行為の原因にかかわらず職員の安全確保のための対策は同等に必要とされています。認知症に起因する行為であっても、担当の変更や複数人での対応、環境調整など、職員を守るための措置を講じることが求められます。

参考文献

  1. 厚生労働省, 「労働者死傷病報告」各年度集計結果, 2024. https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei11/rousai-hassei/
  2. 厚生労働省, 「職場における腰痛予防対策指針」(2013年改訂). https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000034et4.html
  3. 厚生労働省, 「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究報告書」, 2019. https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000208381_00001.html
  4. 厚生労働省, 「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」(2022年改訂版). https://www.mhlw.go.jp/content/12305000/000947528.pdf
  5. 厚生労働省, 「ストレスチェック制度の施行状況」, 2024. https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/index.html
  6. 公益財団法人介護労働安定センター, 「令和5年度 介護労働実態調査結果」, 2024. https://www.kaigo-center.or.jp/
  7. Waters, T.R., "When is it safe to manually lift a patient?" American Journal of Nursing, 107(8), 53-58, 2007. DOI: 10.1097/01.NAJ.0000282296.18688.b1 / PMID: 17667395
  8. 日本ノーリフト協会, 「ノーリフトケア導入効果に関する調査報告」, 2023. https://www.nolift.jp/