働く女性の健康課題は、企業の生産性や労働力確保に直結する重要なテーマです。「肩がこる」「疲れが取れない」「月経時に仕事がつらい」——こうした声は、多くの職場で日常的に聞かれるものではないでしょうか。

本記事では、ニッセイ基礎研究所(久我, 2023)の就業女性 2,289 名調査と、Tanaka ら(2013)の月経関連症状による労働損失推計を中心に、働く女性の健康課題の実態と、立ち仕事をする女性への影響を原典ベースで整理します。

この記事でわかること

  • ニッセイ基礎研究所 2023 調査(就業女性 2,289 名)が示す健康課題の実態
  • 慢性的な肩こり 25.8%、精神的ストレス 25.5% の具体的割合
  • Tanaka ら 2013 が推計した月経関連症状による年間労働損失 4,911 億円の内訳と位置づけ
  • 立ち仕事をする女性に特化した健康対策
  • 企業が取り組むべき健康経営施策のポイント

働く女性の健康課題が注目される背景

日本では女性の就業率が年々上昇し、2023 年の 15 ~ 64 歳女性就業率は高水準を維持しています(総務省「労働力調査」)。一方で、女性特有の健康課題に対する職場の理解や支援体制は、まだ十分とは言えない状況です。

経済産業省は「健康経営」の推進において、女性の健康課題への対応を重要な評価項目として位置づけています。2019 年 3 月には経済産業省が「健康経営における女性の健康の取り組みについて」の中で Tanaka ら 2013 の推計を引用し、月経随伴症状による社会的負担 6,828 億円・うち労働損失 4,911 億円という規模感を広く周知しました。

調査 1:ニッセイ基礎研究所 2023(就業女性 2,289 名)

調査の概要

  • 文献:久我尚子「働く女性の自覚症状(健康問題)— 4 人に 1 人が『慢性的な肩こり』を自覚、『精神的なストレス』が仕事へ最も影響、月経関連症状は 1 割未満 —」基礎研レポート、ニッセイ基礎研究所、2023 年. レポート ID: 75925
  • 対象:就業中の女性 2,289 名(自己記入式アンケート)
  • 評価:過去 3 か月の自覚症状(慢性的な肩こり、精神的ストレス、月経関連症状など)と仕事への影響

主な結果

健康課題自覚している女性の割合
慢性的な肩こり25.8%(約 4 人に 1 人)
精神的なストレス25.5%
月経関連症状1 割未満(3.3%)

慢性的な肩こりと精神的ストレスはほぼ同水準で、働く女性の約 4 人に 1 人がどちらかを強く自覚している構図が明らかになりました。厚生労働省「国民生活基礎調査」でも女性の自覚症状として肩こりは上位に位置しており、本調査はこの実態を改めて裏付けています。

一方、月経関連症状を自覚する女性は 1 割未満(3.3%)にとどまりました。これは「仕事に影響するほどの月経関連症状」という問いかけの定義によるもので、月経症状そのものの保有率とは異なります。月経関連症状が少数の女性に集中して生じている可能性や、職場で相談しづらく過少申告されている可能性が示唆されます。

調査 2:Tanaka ら 2013 の月経関連労働損失推計(4,911 億円)

推計の出典と位置づけ

「月経関連症状による年間労働損失 4,911 億円」という広く引用される数字は、Tanaka ら(2013)が日本人女性 15 ~ 49 歳を対象とした 2 回のオンライン調査に基づいて試算した数値です。経済産業省 2019 年 3 月の「健康経営における女性の健康の取り組みについて」でこの推計が引用されたことで、「経産省の試算」として紹介されることもありますが、原典は Tanaka ら 2013 の学術論文です。

  • 文献:Tanaka, E., Momoeda, M., Osuga, Y., et al. "Burden of menstrual symptoms in Japanese women: results from a survey-based study," Journal of Medical Economics, 16(11), 1255-1266, 2013. DOI: 10.3111/13696998.2013.830974. PMID: 24015668.
  • 方法:15 ~ 49 歳の日本人女性を対象とした 2 回のオンライン調査(日本の年齢・地理分布を反映したサンプリング)、日本の女性人口に外挿
  • 目的:月経関連症状の社会経済的負担(通院費 + OTC 医薬品費 + 労働生産性損失)を推計

推計の内訳

項目年間負担額
通院費用930 億円
OTC 医薬品費用987 億円
労働生産性損失4,911 億円
合計(社会的負担)6,828 億円

労働生産性損失の 4,911 億円には、月経随伴症状による以下の要素が含まれます。

  • アブセンティーイズム(欠勤):月経時の体調不良による欠勤や早退
  • プレゼンティーイズム(出勤時の生産性低下):出勤しているものの、痛みや不調により本来のパフォーマンスを発揮できない状態

特にプレゼンティーイズムによる損失は、欠勤よりも可視化されにくいため、実際の影響が過小評価されている可能性があります。Tanaka ら 2013 の推計値は 10 年以上前のものであり、女性就業者数や賃金水準の上昇を踏まえると、現在の実質負担はさらに大きい可能性があります。近年では経済産業省が 2024 年 2 月に更年期等も含めた女性の健康課題全体の経済損失を 約 3.4 兆円 と再試算しており、4,911 億円はそのうち月経関連部分の過去時点の推計値という位置づけで理解する必要があります。

立ち仕事をする女性への影響と対策

ニッセイ基礎研究所 2023 が示した健康課題は、立ち仕事をする女性にとってより深刻な問題となり得ます。製造業、小売業、医療・介護、美容、食品加工などの現場で長時間立ち続ける女性は、デスクワークの女性と比べて身体への負担が大きく、症状が悪化しやすい環境にあります。

立ち仕事と肩こり・腰痛の関係

長時間の立位姿勢では、抗重力筋(体を支えるために常に緊張している筋肉群)に持続的な負荷がかかります。特に肩周辺の僧帽筋、首の後ろの筋群、腰部の脊柱起立筋は、立位を維持するだけで疲労が蓄積します。

立ち仕事をする女性が肩こりや腰痛を悪化させやすい要因として、以下が挙げられます。

  • 筋肉量の違い:一般的に女性は男性と比べて筋肉量が少なく、同じ立位姿勢でも筋肉にかかる相対的な負荷が大きくなる
  • ヒールのある靴:接客業などでヒールのある靴の着用が求められる場合、重心バランスが崩れ、腰部への負担が増加する
  • 反復動作:レジ打ち、調理、検査作業など、同一姿勢での反復動作が肩こりの原因となりやすい

立ち仕事をする女性向けの具体的対策

肩こり・腰痛への対策として、以下が推奨されます。

  • 定期的な姿勢の変換:30 ~ 60 分ごとにストレッチや軽い体操を行い、同じ筋群への持続的な負荷を軽減する
  • 足元の環境改善:疲労軽減マットの導入、適切なクッション性のある靴の選択が有効とされている
  • 作業台の高さ調整:作業台が低すぎると前かがみ姿勢、高すぎると肩の挙上姿勢を誘発するため、肘が 90 度になる高さへの調整が望ましい

精神的ストレスへの対策として、以下のアプローチが考えられます。

  • 休憩の確保:連続した立ち仕事の合間に、座って休憩できる環境の整備
  • コミュニケーションの機会創出:孤立しやすい持ち場での勤務形態の場合、定期的な声かけや面談の実施
  • 業務量の適正化:人員配置の見直しによる一人当たりの負担軽減

月経期の配慮として、職場で実施可能な取り組みには以下があります。

  • 休憩室の整備:体調が優れないときに一時的に休める、プライバシーが確保された休憩スペースの設置
  • シフトの柔軟性:月経時に業務内容や勤務時間の調整が可能な体制づくり
  • 相談窓口の設置:女性の健康課題について気軽に相談できる窓口や担当者の配置

企業に求められる健康経営の視点

女性の健康課題への組織的対応

経済産業省が推進する「健康経営優良法人認定制度」では、女性特有の健康課題への対応が評価項目に含まれています。しかし、実際に具体的な施策を実施している企業はまだ多くありません。

ニッセイ基礎研究所 2023 の調査と Tanaka ら 2013 の労働損失推計が示すのは、女性の健康課題が個人の問題ではなく、組織の生産性に直結する経営課題だという点です。月経関連の年間 4,911 億円という数字、更年期等を含めると 3.4 兆円という近年の推計を前に、対策を「コスト」と捉えるか「投資」と捉えるかが、企業の健康経営の成否を分けるポイントとなります。

健康経営施策の実践例

働く女性の健康課題に対して、先進的な企業が取り組んでいる施策には以下のようなものがあります。

  • 婦人科検診の充実:定期健康診断への婦人科検診の追加や費用補助
  • フェムテックの活用:月経管理アプリや、オンライン婦人科受診サービスの福利厚生への組み込み
  • 管理職研修:女性の健康課題に関するリテラシー向上研修の実施
  • 作業環境の改善:立ち仕事の職場における人間工学的な改善(疲労軽減マット、作業台の高さ調整、座れる機会の確保など)

調査の限界と今後の展望

ニッセイ基礎研究所 2023 は自己申告に基づく調査であるため、症状の客観的な評価(医学的診断)は含まれていません。「慢性的な肩こり」の定義や程度は個人の主観に依存する点に留意が必要です。また、職種別(立ち仕事とデスクワークの比較など)の詳細な分析については限定的で、立ち仕事をする女性に特化したデータが得られれば、より具体的な対策の立案に活用できます。

Tanaka ら 2013 の労働損失推計は 10 年以上前の試算であり、女性就業者数・賃金水準の変化を反映した再推計が望まれます。近年の経産省 2024 年推計(3.4 兆円)はその一歩ですが、月経・更年期・妊娠出産などの個別課題の労働生産性損失を最新データで内訳化した研究の蓄積が期待されます。

まとめ

ニッセイ基礎研究所 2023 の就業女性 2,289 名調査は、慢性的な肩こり 25.8%、精神的ストレス 25.5% と、女性の 4 人に 1 人がどちらかを強く自覚している実態を明らかにしました。一方で Tanaka ら 2013 は月経関連症状による年間労働損失を 4,911 億円(社会的負担 6,828 億円)と推計しており、近年の経産省推計では女性の健康課題全体の経済損失が 3.4 兆円に達するとされています。

これらの健康課題は、立ち仕事をする女性においてより顕著に表れる可能性があり、姿勢管理、作業環境改善、休憩確保といった対策が重要です。企業にとって女性の健康課題への対応は、従業員のウェルビーイング向上と生産性改善を両立させる「健康経営」の核心的なテーマといえます。

参考文献

  1. 久我尚子「働く女性の自覚症状(健康問題)— 4 人に 1 人が『慢性的な肩こり』を自覚、『精神的なストレス』が仕事へ最も影響、月経関連症状は 1 割未満 —」基礎研レポート、ニッセイ基礎研究所、2023 年. レポート ID: 75925. レポート URL
  2. Tanaka, E., Momoeda, M., Osuga, Y., et al. "Burden of menstrual symptoms in Japanese women: results from a survey-based study," Journal of Medical Economics, 16(11), 1255-1266, 2013. DOI: 10.3111/13696998.2013.830974. PMID: 24015668.
  3. 経済産業省「健康経営における女性の健康の取り組みについて」2019 年 3 月. 資料 PDF
  4. 総務省統計局「労働力調査(基本集計・詳細集計)」, 2023年. https://www.stat.go.jp/data/roudou/2.html
  5. 厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」, 2023年7月4日公表. https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/index.html
  6. 経済産業省「健康経営優良法人認定制度」. https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_keiei.html