プレゼンティーズム――出勤しているものの、健康上の問題によって十分なパフォーマンスが発揮できない状態――は、企業にとって「見えない損失」として大きな課題になっています。では、日本の労働者はどの程度プレゼンティーズムを経験しているのでしょうか。
2025年4月に発表されたYoshimotoらの研究は、日本人労働者1万人を対象とした大規模調査により、プレゼンティーズムの実態と経済的インパクトを詳細に分析しました。本記事では、この研究結果を読み解きながら、日本の職場における健康問題と生産性の関係を解説します。
この記事でわかること
- 日本人労働者の約35%が健康問題を抱えながら就労している実態
- プレゼンティーズムを引き起こす健康問題の種類と年齢別の傾向
- 腰痛・肩こり・精神疾患による年間経済損失の規模
- テレワーク環境がプレゼンティーズムに与える影響
研究の背景|なぜこの調査が行われたのか
プレゼンティーズムが企業の生産性に大きな影響を与えることは、欧米の研究で以前から指摘されてきました。しかし、日本の労働者を対象とした大規模な実態調査は限られていました。特に新型コロナウイルス感染症のパンデミック後、テレワークの普及や働き方の変化が進む中で、日本人労働者のプレゼンティーズムの最新データが求められていました。
また、日本では欧米と比較して「体調が悪くても出勤する」という職場文化が根強く、プレゼンティーズムが見過ごされやすい環境にあります。こうした背景のもと、ポストコロナ時代における日本人労働者のプレゼンティーズムの全体像を明らかにする目的で本研究が実施されました。
研究の概要
研究の目的
日本の労働者におけるプレゼンティーズムの有病率、原因となる健康問題、およびその経済的影響を明らかにすること。
対象と方法
2023年2月から3月にかけて、全国の20〜69歳の労働者1万人を対象にインターネット調査が実施されました。パートタイム、派遣社員、フリーランスを含む幅広い雇用形態の労働者が参加しており、日本の就業者の年齢・性別分布に基づいてサンプルが抽出されています。
調査では14種類の健康問題について質問が行われ、過去4週間に仕事に支障をきたした健康問題の有無と、その影響度をプレゼンティーズムスコアとして数値化しました。さらに、実際の年収や労働日数から、生産性損失額を金額に換算するモデルを用いて経済的インパクトが推計されました。
主な研究結果
3人に1人が健康問題を抱えながら就労
回答者のうち、約35.6%が「過去4週間に、仕事に支障をきたす健康問題を経験した」と回答しています。つまり、およそ3人に1人が健康問題によって業務効率が低下した状態で働いていたことになります。
プレゼンティーズムを引き起こす主な健康問題
調査では、仕事への支障が最も大きいと感じた健康問題を一つ選んでもらいました。上位は以下の通りです。
| 順位 | 健康問題 | 「最も仕事に影響した」と回答した割合 |
|---|---|---|
| 1位 | 腰痛 | 6.7% |
| 2位 | 首こり・肩こり | 4.8% |
| 3位 | 精神疾患 | 2.9% |
| 4位 | 頭痛 | ─ |
| 5位 | 目の疲れ | ─ |
| 6位 | 睡眠障害 | ─ |
腰痛が第1位を占めたことは、立ち仕事や身体的負荷の大きい職場において特に注目すべき結果です。筋骨格系の問題(腰痛・肩こり)が上位を占める一方、精神疾患も3位に入っており、心身両面のケアの重要性が示されています。
年齢別の傾向|世代によって異なる健康課題
プレゼンティーズムの原因は年齢によって大きく異なることが明らかになりました。
- 20代: 「精神的な問題(うつ、不安障害など)」が最も多い
- 40代以降: 「腰痛」「肩こり」が増加
- 50代以上: 「関節の痛みや障害」も増加傾向
この結果は、年齢に応じた健康支援プログラムの必要性を示しています。若年層にはメンタルヘルスケア、中高年層には筋骨格系障害の予防策を重点的に提供するなど、きめ細かな対応が求められます。
パフォーマンス低下の度合い
症状によるパフォーマンス低下(プレゼンティーズムスコア)を見ると、感染症、精神疾患、頭痛の順でスコアが高く、精神的・神経的な問題がパフォーマンスに特に強い影響を及ぼすことがわかりました。有病率では腰痛が1位ですが、1件あたりのパフォーマンス低下度では精神疾患の影響がより深刻です。
プレゼンティーズムの経済的損失|見えないコストの可視化
本研究では、プレゼンティーズムによる生産性損失を実際の年収や労働日数から金額に換算しています。1,000人あたりの年間損失額は以下の通りです。
| 健康問題 | 年間損失額(1,000人あたり) |
|---|---|
| 腰痛 | 約488,210米ドル |
| 首こり・肩こり | 約346,308米ドル |
| 精神疾患 | 約327,137米ドル |
腰痛による損失が最大であり、1,000人規模の企業であれば年間約7,300万円(1ドル=150円換算)もの「見えない損失」が発生していることになります。首こり・肩こり、精神疾患も合わせると、筋骨格系と精神的問題だけで年間約1.7億円の損失です。
これらの損失は、実際の医療費や欠勤(アブセンティーズム)によるコストよりも大きいことが過去の研究でも繰り返し指摘されており、「出勤しているから問題ない」という認識の危うさを浮き彫りにしています。
テレワークとプレゼンティーズムの関係
コロナ禍以降にテレワークを導入した労働者では、プレゼンティーズムの原因に特徴的なパターンが見られました。
- 目の疲れ・肩こりが上位に浮上
- 精神的な不調の報告も増加
画面に向かう時間の長さ、自宅の不適切な作業姿勢、コミュニケーション不足による孤独感などが影響していると考えられます。テレワーク環境の人間工学的な整備と、リモートでのメンタルヘルス支援が今後ますます重要になることを示唆する結果です。
この研究からわかること・実務への示唆
本研究の意義は、日本の労働者におけるプレゼンティーズムを大規模かつ網羅的に可視化した点にあります。企業が取るべき対策の方向性として、以下が挙げられます。
- 人間工学に基づいた作業環境の整備: 腰痛が最大の損失要因であることから、作業姿勢の改善、立ち座りの切り替え、疲労軽減ツールの導入が優先課題
- 年齢別の健康プログラムの提供: 20代にはメンタルヘルス支援、40代以降には筋骨格系障害の予防を重点的に
- テレワーク環境の最適化: 椅子・デスク・照明・画面位置など、在宅作業環境の人間工学的サポート
- プレゼンティーズムの定期的な測定: 健康経営の成果指標としてモニタリングを実施
研究の限界と今後の展望
本研究はインターネット調査であるため、インターネットへのアクセスが限られる層(高齢者、非デスクワーカーの一部など)が過少代表となっている可能性があります。また、自己申告に基づくプレゼンティーズムの測定には、主観的バイアスが含まれうる点にも留意が必要です。
とはいえ、1万人規模の全国調査という点で、日本人労働者のプレゼンティーズムに関する最も包括的なデータの一つであることは間違いありません。今後は、業種別・職種別のより詳細な分析や、介入プログラムの効果検証が期待されます。
まとめ
日本人労働者の約3人に1人が健康問題を抱えながら就労しており、腰痛がプレゼンティーズムの最大の原因であることが1万人調査で明らかになりました。年間の経済損失は企業規模1,000人あたり数億円に達する可能性があり、従業員の健康管理は福利厚生ではなく経営戦略そのものです。年齢層や働き方に応じたきめ細かな健康支援と、作業環境の人間工学的改善が、プレゼンティーズム対策の柱となるでしょう。
参考文献
- Yoshimoto T, Oka H, Fujii T, Nagata T, Matsudaira K, "Presenteeism Caused by Health Conditions and Its Economic Impacts Among Japanese Workers in the Post-COVID-19 Era," Journal of Occupational and Environmental Medicine, 67(4), e227-e232, 2025. DOI: 10.1097/JOM.0000000000003319 / PMID: 39843910
- Hemp P, "Presenteeism: At Work—But Out of It," Harvard Business Review, 82(10), 49-58, 2004. PMID: 15559575. https://hbr.org/2004/10/presenteeism-at-work-but-out-of-it
- 経済産業省, 「健康経営の推進について」, 2024. https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_keiei.html
- Schultz AB, Edington DW, "Employee Health and Presenteeism: A Systematic Review," Journal of Occupational Rehabilitation, 17(3), 547-579, 2007. DOI: 10.1007/s10926-007-9096-x / PMID: 17653835