夏の職場で「暑さ指数」や「WBGT値」という言葉を耳にしたことはありませんか? 近年、製造業や建設業を中心に、WBGT値を用いた暑熱環境管理が急速に広がっています。2025年6月の労働安全衛生規則改正により、WBGT値に基づく熱中症対策が法的義務となったことで、この指標の重要性はさらに高まっています。
本記事では、WBGT値の意味・定義・構成要素から測定方法、現場での活用ポイントまでを体系的に解説します。
この記事でわかること
- WBGT値の定義と基本的な意味
- WBGT値を構成する3つの温度要素
- 気温だけでは熱中症リスクを評価できない理由
- 屋内・屋外での算出方法の違い
- 現場でのWBGT値の活用方法
WBGT値とは
WBGT値とは、Wet Bulb Globe Temperature(湿球黒球温度)の略称で、気温・湿度・輻射熱を総合的に評価して「人が感じる暑さ=熱ストレス」を数値化した指標です。
日本語では「暑さ指数」とも呼ばれ、環境省や厚生労働省が熱中症予防の基準指標として採用しています。単位は気温と同じ「℃」で表記されますが、通常の気温とは異なる計算式で算出されるため、同じ数値でも意味が異なります。
WBGT値の概念は、1950年代にアメリカ陸軍が兵士の熱中症予防のために開発したもので、その後、国際標準化機構(ISO)が国際規格ISO 7243として規格化しました。現在では、世界各国の産業保健分野で広く利用されています。
WBGT値の構成要素
WBGT値は、以下の3つの温度要素を組み合わせて算出されます。それぞれが熱ストレスに影響する異なる環境因子を反映しています。
湿球温度(Wet Bulb Temperature)
湿球温度は、温度計の感温部をぬれたガーゼで包んで測定する温度で、空気中の湿度の影響を反映します。湿度が高いと汗が蒸発しにくくなり、体温を下げる効率が悪化するため、熱中症リスクが高まります。WBGT値の算出において最も大きな重みづけがされており、湿度の影響がWBGT値全体の約7割を占めています。
黒球温度(Globe Temperature)
黒球温度は、薄い銅板製の黒い球(直径約15cm)の中心に温度計を入れて測定する温度で、太陽光や機械からの輻射熱(放射熱)を反映します。屋外での日差しや、工場内の炉・高温機器からの熱が体に与える影響を評価するうえで重要な要素です。
乾球温度(Dry Bulb Temperature)
乾球温度は、いわゆる通常の「気温」のことです。WBGT値の算出において最も小さな重みづけとなっていますが、暑熱環境の基本的な温度条件を示す要素として組み込まれています。
なぜ気温だけでは不十分なのか
一般的な温度計で測定される「気温」は、熱中症リスクを正確に評価するには不十分です。たとえば、同じ35℃でも以下のように体への負荷は大きく異なります。
- 湿度が高く風がない日: 汗が蒸発しにくく、体温が下がりにくい(高リスク)
- 湿度が低く風がある日: 汗が蒸発しやすく、体温調節が機能する(低リスク)
実際に、厚生労働省の調査では、気温が30℃程度でも湿度が80%を超える環境で熱中症が発生したケースが報告されています。WBGT値は、このような「気温以外の要因」を総合的に評価できるため、より正確に熱中症の危険度を把握できるのが特徴です。
特に、湿度が高く風が通りにくい工場や倉庫、直射日光の当たる屋外作業場では、気温よりもWBGT値のほうがはるかに実態に即したリスク指標となります。
屋内・屋外でのWBGT値の算出方法
WBGT値の計算式は、屋内(または日射のない屋外)と屋外(日射のある場所)で異なります。
屋内および日射のない屋外
WBGT = 0.7 × 湿球温度 + 0.3 × 黒球温度
直射日光がない環境では、乾球温度(気温)の項目が含まれず、湿度(湿球温度)と輻射熱(黒球温度)のみで算出されます。
屋外で日射がある場合
WBGT = 0.7 × 湿球温度 + 0.2 × 黒球温度 + 0.1 × 乾球温度
日射がある屋外では、3つの温度要素すべてを使用しますが、依然として湿球温度の寄与が最も大きい(70%)ことがわかります。
WBGT値の活用場面
製造業・工場
工場内では、ボイラーや炉などの発熱源による輻射熱が高く、空調が行き届かないエリアも多いため、WBGT値による管理が効果的です。厚生労働省のガイドラインでは、WBGT値に基づいて作業の継続・休憩・中止を判断する基準が定められています。
建設業
屋外での日中作業が中心となる建設業では、日射による輻射熱の影響が大きく、気温よりもWBGT値のほうが実態に即したリスク評価が可能です。2024年の厚生労働省統計では、建設業における熱中症死傷者数は全業種で2番目に多い228人にのぼっています。
物流・倉庫
倉庫内は換気が不十分な場合が多く、湿度が高くなりやすい環境です。WBGT値は湿度の影響を70%反映するため、このような環境のリスク評価に適しています。
スポーツ・イベント
日本スポーツ協会は、WBGT値に基づくスポーツ活動の指針を公表しており、WBGT値31℃以上では運動の原則中止を推奨しています。企業の運動会やイベントの開催判断にも活用されています。
WBGT値のメリット・意義
WBGT値を熱中症対策に活用することには、以下のような意義があります。
- 客観的なリスク評価: 個人の感覚に頼らず、数値に基づいた判断ができる
- 法令遵守: 2025年6月施行の改正労働安全衛生規則では、WBGT値28℃以上での対策措置が義務化された
- 国際標準: ISO 7243に基づく世界共通の指標であり、グローバル企業でも統一的な管理が可能
- 記録・比較が容易: 数値データとして記録・蓄積できるため、年度ごとの比較や改善効果の検証に活用できる
関連する用語・概念
- 暑さ指数: WBGT値の日本語での通称。環境省が「暑さ指数」として一般向けに発信している
- 熱中症警戒アラート: 環境省と気象庁が共同で発表する、WBGT値33℃以上が予測される際の注意喚起情報
- ISO 7243: WBGTに基づく暑熱ストレス評価の国際規格
- JIS Z 8504: ISO 7243に対応する日本産業規格(JIS)
- 暑熱順化: 暑さに体を徐々に慣らすプロセス。WBGT値による管理と組み合わせて活用される
まとめ
WBGT値は、気温・湿度・輻射熱を総合的に評価する熱ストレスの指標です。単なる気温では把握できない熱中症リスクを数値化できるため、製造業・建設業をはじめとするさまざまな業種の暑熱環境管理に不可欠なツールとなっています。2025年の法改正により、WBGT値に基づく作業管理は「推奨」から「義務」へと格上げされました。労働安全衛生担当者は、WBGT値の基本を理解し、現場での適切な測定・活用を進めていくことが求められます。
よくある質問
Q: WBGT値はどのように測定するのですか?
A: 専用のWBGT測定器(暑さ指数計)を使用するのが最も簡便です。JIS B 7922に適合した機器であれば、湿球温度・黒球温度・乾球温度を自動計測し、WBGT値を表示してくれます。環境省の「熱中症予防情報サイト」でも、地域ごとのWBGT予測値を確認できます。
Q: WBGT値と気温の違いは何ですか?
A: 気温は空気の温度のみを測定しますが、WBGT値は気温に加えて湿度と輻射熱も考慮した総合指標です。同じ気温35℃でも、湿度が低い場合はWBGT値が低く、湿度が高い場合はWBGT値が高くなります。
Q: WBGT値が何度以上になると危険ですか?
A: 厚生労働省のガイドラインでは、WBGT値28℃以上で熱中症リスクが高まるとされています。2025年6月施行の改正労働安全衛生規則では、WBGT値28℃以上(または気温31℃以上)の環境で作業する場合に対策措置が義務化されました。
Q: WBGT値を実際に活用するにはどうすればいいですか?
A: まずは作業場所にWBGT測定器を設置し、定期的に数値を確認・記録することから始めましょう。WBGT値が基準を超えた場合の対応手順(休憩の確保、作業の中断など)を事前にルール化しておくことが重要です。
参考文献
- 厚生労働省「職場における熱中症予防基本対策要綱」(2021年). https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei33/
- 環境省「熱中症予防情報サイト — 暑さ指数(WBGT)について」. https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt.php
- ISO 7243:2017「Ergonomics of the thermal environment — Assessment of heat stress using the WBGT (wet bulb globe temperature) index」. https://www.iso.org/standard/67188.html
- 日本産業規格 JIS Z 8504:2021「熱環境の人間工学 — WBGT(湿球黒球温度)指数を用いた熱ストレス評価」. JSA Webdesk: https://webdesk.jsa.or.jp/books/W11M0090/?bunsyo_id=JIS+Z+8504:2021
- 日本生気象学会 熱中症予防研究委員会「日常生活における熱中症予防指針 Ver.4」(2022年). https://seikishou.jp/cms/wp-content/uploads/20220523-v4.pdf