要約
化学物質の自律的管理とは、従来の「法令遵守型」(特化則・有機則等で個別物質を細かく規制)から、「事業者の自律的管理型」(自らリスクを評価し、濃度基準値以下にばく露を管理)への転換を指します。2022年の労働安全衛生法・施行令改正により2024年4月から段階的に施行されており、2026年に向けて約2,900物質まで対象が拡大します。化学物質管理者・保護具着用管理責任者の選任、リスクアセスメント、濃度基準値の遵守を中核とする新しい管理枠組みです。
定義
「化学物質の自律的な管理を基軸とする規制への見直しを行う。具体的には、SDS等による情報伝達の強化、化学物質管理者の選任義務化、リスクアセスメントの確実な実施、ばく露の濃度基準値以下への抑制等を通じて、事業者が自ら化学物質によるリスクを評価し、ばく露低減措置を実施する仕組みを構築する。」
背景・なぜ重要か
日本の化学物質規制は長年、特定化学物質障害予防規則(特化則)、有機溶剤中毒予防規則(有機則)等の個別物質規制を中心に運用されてきました。しかし、世の中で使用される化学物質は数万種類に及び、個別規制では十分にカバーできない問題が顕在化してきました。
転換のきっかけ:
- 2012年(平成24年):胆管がん発症事案(印刷工場で1,2-ジクロロプロパン等によるがん集団発生)
- 2018〜2019年:膀胱がん事案(オルト-トルイジン取扱事業場での集団発症)
これらの事案により、特別規則で規制されていない物質でも重大な健康障害が発生し得ることが明らかになり、2019年から自律的管理への転換が検討されました。
施行スケジュール:
- 2022年(令和4年)5月:労働安全衛生規則改正(公布)
- 2023年(令和5年)4月:第1段階施行(リスクアセスメント対象物質の労災発生事業場への対応強化など)
- 2024年(令和6年)4月:第2段階施行(化学物質管理者・保護具着用管理責任者の選任義務化、濃度基準値制度の本格運用)
- 2026年(令和8年)4月:第3段階施行予定(リスクアセスメント対象物質の大幅拡大、約2,900物質に)
関連する法令・規格・制度
- 労働安全衛生法 第57条の3:化学物質のリスクアセスメント義務
- 労働安全衛生規則 第577条の2:濃度基準値の遵守義務
- 労働安全衛生規則 第12条の5:化学物質管理者の選任義務
- 労働安全衛生規則 第12条の6:保護具着用管理責任者の選任義務
- 労働安全衛生法施行令 別表第9:SDS交付対象物質
- 特定化学物質障害予防規則(特化則):個別物質規制(並行存続)
- 有機溶剤中毒予防規則(有機則):個別物質規制(並行存続)
- 粉じん障害防止規則:個別規制(並行存続)
自律的管理の3本柱
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情報伝達の強化 SDSの記載項目拡充、SDS対象物質の拡大(約2,900物質へ)、ラベル表示の徹底
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管理体制の強化 化学物質管理者の選任義務、保護具着用管理責任者の選任義務、化学物質管理体制の整備
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リスクアセスメントとばく露低減 リスクアセスメントの確実な実施、濃度基準値以下へのばく露抑制、健康診断の柔軟な実施
実務でのポイント
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対象物質の確認 自社で取り扱う化学物質がリスクアセスメント対象物質か、SDS交付対象物質か、特化則・有機則対象かを整理します。
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化学物質管理者の選任 対象物質を製造・取り扱う事業場では、2024年4月からの選任義務に対応します。資格要件は事業の種類により異なります。
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保護具着用管理責任者の選任 事業場で化学物質に対する保護具を着用する作業がある場合、選任が必要です。
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リスクアセスメントの実施 SDSと作業実態に基づいてRAを実施します。CREATE-SIMPLE等の支援ツールが厚労省から提供されています。
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ばく露評価と濃度基準値の遵守 個人ばく露測定または作業環境測定により、労働者のばく露濃度を把握し、濃度基準値以下に抑える措置を講じます。
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健康診断の柔軟化 従来の特殊健康診断に加えて、リスクに応じた健康診断の実施が求められます。
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記録の保存 リスクアセスメント結果、ばく露状況、措置内容等を3年間(がん原性物質は30年間)保存します。
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教育・周知 化学物質を取り扱う労働者全員への教育と、SDS情報の周知を行います。
よくある誤解・落とし穴
- 誤解1: 「特化則・有機則は廃止される」 — 廃止されません。自律管理と特別規則は併存します。
- 誤解2: 「自律的管理は事業者の自主性に任せる」 — 自主性だが法的義務です。違反は罰則対象です。
- 誤解3: 「中小企業は対象外」 — 事業規模に関係なく対象です。
- 誤解4: 「化学物質を少量しか使わないから関係ない」 — 少量でも対象物質を扱う限り義務対象です。
- 誤解5: 「2026年まで対応を待てばよい」 — 既に2024年から義務化が始まっています。早急な対応が必要です。
参考文献
- 厚生労働省「化学物質による労働災害防止のための新たな規制(化学物質規制の見直し)」
- 厚生労働省「職場のあんぜんサイト:化学物質の自律的管理」
- 厚生労働省「化学物質管理に係る専門家検討会報告書」
- 厚生労働省「ケミサポ:職場の化学物質管理総合サイト」
- 厚生労働省「クリエイト・シンプル」