要約
濃度基準値とは、労働者の化学物質ばく露を抑制するために厚生労働大臣が定める法定の上限値です。労働安全衛生規則第577条の2に基づき、化学物質の自律的管理制度において、リスクアセスメント対象物質について個人ばく露濃度を一定値以下に抑える義務が事業者に課されています。8時間の時間加重平均値(TWA-8h)と15分平均の短時間値(STEL-15min)の2種類が設定され、2024年から本格運用されています。
定義
「事業者は、リスクアセスメント対象物のうち一定のもの(中略)を製造し、又は取り扱う業務(中略)を行う屋内作業場においては、当該業務に従事する労働者がこれらの物にばく露される程度を、厚生労働大臣が定める濃度の基準(以下『濃度基準値』という。)以下としなければならない。」
背景・なぜ重要か
濃度基準値制度は、化学物質の自律的管理への転換を実現する中核的な仕組みとして導入されました。
導入の背景:
- 管理濃度制度の限界:管理濃度は作業環境(場所)の濃度を評価する仕組みであり、労働者個人の実際のばく露量との乖離があった
- 国際的な潮流:欧米では「OEL(Occupational Exposure Limit)」として個人ばく露ベースの基準が標準
- 重大健康障害の予防:個人ばく露の確実な把握により、より精度の高い健康障害予防が可能
施行スケジュール:
- 2022年(令和4年)5月:労働安全衛生規則改正(公布)
- 2023年(令和5年)4月:第1段階施行
- 2024年(令和6年)4月:濃度基準値の本格運用開始(第1次告示)
- 2025〜2026年(令和7〜8年):対象物質の段階的拡大(最終的に約2,900物質)
濃度基準値は厚生労働大臣告示で順次定められており、最新の告示は厚労省サイトで確認できます。日本産業衛生学会の許容濃度、米国ACGIHのTLV、EUのOEL等の国際基準を参考に設定されています。
関連する法令・規格・制度
- 労働安全衛生規則 第577条の2:濃度基準値の遵守義務
- 化学物質による健康障害防止のための濃度の基準の適用等に関する技術上の指針(厚労省告示)
- 濃度基準値告示:物質ごとの基準値(複数の告示で順次指定)
- 労働安全衛生法 第57条の3:化学物質のリスクアセスメント
- 作業環境測定法:管理濃度(並行運用)
- 日本産業衛生学会 許容濃度等の勧告:参考基準
- ACGIH TLVs:国際基準(米国産業衛生専門家会議)
8時間値と短時間値
濃度基準値には2種類があります:
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8時間濃度基準値(TWA-8h) 1日8時間の時間加重平均値の上限。長期的なばく露による慢性影響(がん、神経障害、生殖毒性等)を予防するための基準。
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短時間濃度基準値(STEL-15min) 15分間の時間加重平均値の上限。短時間の高濃度ばく露による急性影響(中毒、刺激等)を予防するための基準。
両方が設定されている物質の場合、両方を遵守する必要があります。短時間値は8時間値の数倍程度の値が一般的です。
実務でのポイント
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対象物質の特定 自社で取り扱う化学物質の中から、濃度基準値が設定されている物質を特定します。厚労省告示を継続的にチェックします。
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個人ばく露測定の実施 対象作業の労働者について個人ばく露測定を実施します。測定方法は厚労省「化学物質による健康障害防止のための濃度の基準の適用等に関する技術上の指針」に従います。
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数理モデルの活用 個人ばく露測定が困難な場合は、CREATE-SIMPLE等の数理モデルでばく露量を推定する方法もあります。
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濃度基準値超過時の対応 超過した場合は、発生源対策→工学的対策→管理的対策→個人用保護具の優先順位で改善措置を講じます。
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記録の保存 ばく露評価結果、措置内容を3年間(がん原性物質は30年間)保存します。
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健康診断との連動 ばく露状況と健康診断結果を照らし合わせ、必要に応じて個別の健康管理を行います。
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化学物質管理者との連携 濃度基準値の遵守は化学物質管理者の重要な職務範囲です。
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継続的な見直し 新たな物質への基準値設定、既存基準値の改訂が継続的に行われるため、最新情報の把握が必要です。
よくある誤解・落とし穴
- 誤解1: 「管理濃度を満たせば濃度基準値も自動的に満たす」 — 別の概念です。両者の値も異なる場合があります。
- 誤解2: 「作業環境測定で代用できる」 — 原則は個人ばく露測定です。作業環境測定は補足的役割です。
- 誤解3: 「8時間値だけ守ればよい」 — 短時間値が設定されている物質ではそちらも遵守が必要です。
- 誤解4: 「告示されていない物質は規制なし」 — 順次告示が進んでおり、告示されていない物質も将来的に対象になる可能性があります。日本産業衛生学会許容濃度等を参考に管理することが推奨されます。
- 誤解5: 「保護具を使わせれば濃度基準値以下にならなくてもよい」 — 保護具は最後の手段。発生源対策・工学的対策が優先です。
参考文献
- e-Gov 法令検索「労働安全衛生規則 第577条の2」
- 厚生労働省「化学物質による健康障害防止のための濃度の基準の適用等に関する技術上の指針」
- 厚生労働省「濃度基準値」
- 日本産業衛生学会「許容濃度等の勧告」
- ACGIH「TLVs® and BEIs®」